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第8話

***  とっくに部活動も終えた日暮れの校舎は薄暗く、夕日の色を飲み込んでいく群青に空も空気も、廊下も支配されていた。  閉ざされた門を越えて、既に施錠されている昇降口から、一年生のクラスへと迂回する。一つ一つ窓の施錠を確認していると、からから、と施錠忘れの一枚が開いた。  俺は窓を飛び越えると、靴のまま学校内へと侵入した。辺りの暗さと人気のなさに、妙に心臓が音を立てる。誰かに見つかって、怒られる程度で済めばいいが、警察沙汰になったらどうしよう。  無人の教室を目の前に、そんな事がちらりと脳裏を過る。しかし、そんな事よりも、志村が未だにあの場に倒れたままだったら、それこそ問題だ。俺はそっと廊下に顔を覗かせる。外よりもずっと静寂が身近に息を潜めている気がした。突き当りは薄暗く、非常灯だけが妙に明るく点滅していた。靴を脱いでそれを手にすると、旧校舎へと急いだ。一旦二階への階段を上がり、渡り廊下を経て、三階の旧音楽室を目指す。  急いでいたせいか、不安からか、心臓がどくりどくりと、俺とは別物の個体のようにこの身体の中で鳴って震えている。 息が苦しい、死んでないよな、もういないよな。扉を開いたらそこにはもう、血だまりも志村もいなくて、いつものような埃っぽい部屋が広がってるんだよな?  教室の前まで来ると、痙攣して敏感になったような指先が、ちりちりと熱くて痛い。俺はゆっくりと旧音楽室の扉に指先を引っ掻ける。冷たい金具の感覚がじわりと、現実として滲んでくる。少し力を入れて、ゆっくりと扉を開くと、音を立てながら建付けの悪い引き戸が視界を明るく照らしていく。  部屋のカーテンは全て開かれ、夕焼けの足跡さえ覆い尽くした深い群青の空が広がっていた。星も月も見えない、ただ雲の薄っすらとした闇色の陰影が空を流れていた。  志村はいなかった。  俺はいつの間にか詰まっていた息を、大きく吐き出して、膝から崩れ落ちると、その場に座り込み、背中を丸めて肺一杯に空気を吸い込んだ。  良かった、生きている。  ひんやりとした廊下についた手を見ればぴくぴくと指先は痙攣し、重く自分に掛かっていた不安が、放出されているのだと知る。俺は震える喉から安堵の息をもう一度吐いて、その場に頭を垂れた。額を床に擦り当て、目を閉じる。  良かった、何もなくて。全て消えてて。  ようやく明日、何事もなかったかのように朝起きて、学校に行く自分が想像できる。  俺は上体を起こして、もう一度音楽室を真っ直ぐと見詰める。  確かに誰もいない。 「だれ?」

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