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犬 7

彼女、ナツ、と話をする間はなかった。 彼女は警察に連れて行かれたし、俺は俺で警察署で話を聞かれたからだ。 自転車を置いてはいけない、と強く言ってパトカーの後を自転車で署までついていった。 地元大学の大学生で、ロードバイクをしていますとわかるヘルメットにサイクルジョージ、レースパンツ姿の俺は、補導暦もなければもちろん犯罪歴もない。 むしろ、ちょっとばかし、人助けをしたことがあるくらいなので、なんか色々聞かれたけど、それで済みそうだ。 とはいえ。 良からぬ地域の元ヤン夫婦の子供であるため、俺は基本警察が好きではない。 地元で幼なじみ達を連れていくのもコイツらだし。 大体は幼なじみ連中がわるいんだけどな。 丁寧には接したが、キライなもんはキライだ。 だから、ナツについて聞かれても黙っておいた。 ナツ、ナツ ユキエ。 漢字は姓も名字もちょっとどちらもめんどうなやつだ。 ナツは同級生だった。 13歳で姿を消した。 地元ではそういうことになってる。 ナツは警察に身元を明かしたくないかもしれない。 ナツが今何してるのかもしれないが、警察に全てを明かしていいかわからない。 街の人間は警察に売らない。 これは。 ルールだ。 俺は、ただ、飛び降り自殺の現場で女性が泣き叫んで錯乱していたから通報して、そして声をかけて安心させようとしただけだと言った。 大体は嘘じゃない。 ナツと知り合いであることと、ナツについて知ってることを話さなかっただけだ。 途中、携帯でメッセージを送り男に家に帰るのが遅れる、と連絡した。 警察署とか言ったら警察署を襲撃しかねないから、幼なじみに会った。でも2人きりで会ってるわけじゃないから心配するな。とだけ送っておく。 男は俺の周りの全てに嫉妬するのだ。 1番の敵は死んだ犬。 生きてる中では内藤だ。 俺の親友なので生かし守ってやるが(主にドクターから)、俺の親友だからこそ許せないというややこしさだ。 犬の写真が入った写真立ては常に男が毎日こっそり伏せている。 見つける度にため息つきながら、写真立てをちゃんと立てている。 犬が写真の中から俺を見るのが許せないという、ね。 でも、写真を破ったりは絶対にしないところがあの男のあの男たるところなのだ。 初恋の女の子に再会したとか言ったら色々ややこしいだろうし。 ナツはどうせ、また行ってしまうのだ。 13歳の頃の胸の痛みは忘れることはない。 自殺した相手とどういう関係だったのかとかは。 あんなに悲しんで、とかは、 もう俺には関係ないことだ。 内藤に頼んで男に冷蔵庫のものを出しておいてくれと連絡しておいた。 男は俺が作ったもの以外は食べない。 作り置きとかが冷蔵庫にはあるけど、食べろと言っても食べないだろうから、内藤には申し訳ないが、出して食べるように促してもらうしかない。 俺に言われたと言えば、男は仕方なくでも食べるだろう。 男は俺からじゃないと絶対に餌を食べようとしなかった犬に似てた。 でも犬よりは少しは聞き分けてくれるのでまだありがたい。 だが、内藤からメッセージがきた。 男が家にいないと言うのだ。 嫌な予感はした。 「なんだ」 「どういうことだ?」 「ええっ!?」 なんだか、ザワザワした声が聞こえてくる。 でも、妙に静かな。 ものすごく声を潜めたザワザワ感。 その声のその感じが嫌だった。 その良く知ってる感じが。 でも、ここは警察署だ。 それはない、と思った。 それに男は俺がどこにいるのか知らないはずだ。 だが。 俺がいた部屋のドアが当たり前のように開けられ、男がのっそりと入ってきた。 「向かえにきた」 にいっと男が笑った。 悪魔のように目が光る。 後ろに警察官がたくさんいたが、なぜだかみんな、途方にくれたような顔をしていた。 男を見る人間が全員する顔だ。 現実感がないのだ。 俺と話をしていた警察官も、妙に平坦な目で男を見つめるだけで、言葉などなかった。 半身を焔に焼かれてながら歩いている男を現実に見たら多分、みんなこんな感じになる。 タトゥーなんだが。 タトゥーなんだだが。 芸術としても優れているとわかるそのタトゥー、と、男が纏う禍々しさが現実感をねじ曲げるのだ。 密やかに。 悪魔を刺激しないように。 静かに、それでも、ヒソヒソと声が響く。 男を見たもの達がすること。 現実が遠くなってるのだ。 おそらく、男は普通に入り口から真っ直ぐこの部屋まで歩いてきたのだ。 誰にも止められることなく。 何故俺の居場所がわかったのかは、問い詰める必要がある。 コイツは俺のストーカーなのだ。 もう止めると約束したはずなのに。 「多分もう少しで終わるから待ってろ」 俺が溜息をついて、そう言って、男が大人しく部屋にあった椅子に勝手に座るまで、警察官達は黙って男をみつめ続けていたのだった。 男が座ってから、やっと現実を取り戻した警察官達は、男を取り囲み質問しだしたので、俺と男が家に帰るのは、ものすごく、遅くなったのだった。

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