21 / 118

初恋 5

お前は考え無しすぎるんだよ 犬が言った。 一声唸ればそれとわかる。 そこに異論はないよ、相棒。 13歳の俺は答えたのだった。 俺と犬はピンチだった。 モンスターはそこにいた。 ヤバい。 ヤバい。 モンスターは怒り狂ってってほえていた。 見つかるのは。 時間の問題だった。 ナツ。 ナツ。 呪文のように唱えた。 ナツのためならできる。 そして、何より俺には。 犬がいた。 オレがいる。 だから安心しろ。 犬は、目だけで俺に言い、俺はそれを信じたのだ。 そこで目が覚めた。 怒った顔の内藤が、俺の顔を覗き込んでいた。 あ、ヤバい。 めちゃくちゃ怒ってる。 俺はまた警察に事情を聞かれて。 おそらく、倒れたのだ。 限界だったから。 限界速度で危険な走行をし、車に立ち向かい、撥ねられ、銃撃に巻き込まれたのだ。 どこで死んでもおかしくなかったし、精神だって限界だった。 ここは病院なんだろうな。 「言いたいことはわかるね?」 内藤は言った。 「はい、ごめんなさい、すみませんでした」 俺は飛び起きて、ベッドの上に正座した。 そのまま、頭をマットに擦り付けて謝る 「何が悪いのか分かってるのか、本当に!!」 内藤は怒鳴らない。 が声を強めた。 だからよけいに怒りは届く。 「死んでないのがおかしいんだぞ!!車に撥ねられ、銃で撃たれかけて!!いい加減いい加減!!!」 内藤の目から涙が流れた。 内藤が泣いていた。 これには参った。 内藤は泣かないのだ。 「自分を大事にしろ!!おまえが誰かを守りたいように、オレだってお前を守りたいんだよ!!」 泣いて内藤が言うから 内藤が泣くから。 めったに感情を出さない内藤が泣くから。 「ごめんなさい、本当にごめんなさい」 俺は内藤に謝ったのだ。 それこそ必死で。 「わからないんだろうなぁ・・・」 内藤の声の苦さと切なさと。 悪かったと思った。 本当に思った。 無茶はしないと心に誓った。 俺は俺を守らないと。 大事な人たちを傷付けてしまう。 そこで。 思った。 俺が死んだら一番傷つく男のことを。 「アイツは?」 小さい声で言う。 ここにいないはずがない。 「傷つけたくないけど、傷付けてしまう、殺したくないから殺してしまうって言って、頭冷やすって煙草吸いに行ってる」 内藤が言ったので、俺は頭を抱えた。 アイツを傷付けてる。 そんなつもりではないんだ。 ナツ絡みなとこまで、多分もう気づいてる。 警察には言ってない。 攫われる女性を見て追いかけたとしか。 「言ったよね。選んでやれって」 内藤に言われて頷く。 分かってる分かってる アイツには俺だけだから。 本当に、俺だけだから。 「・・・あの男も気の毒に。お前はいい奴すぎるんだよ」 内藤がため息をついた。 俺は良い奴なんかじゃない。 俺は。 俺は。 俺は。 ただ。 ちゃんとこの世界に借りを返したいだけなんだよ。 「起きたら帰っていいって。寝てるだけだからって、手続きしてくるから待ってろよ」 内藤が言った。 そして、内藤が出ていくのと入れ替わりで男が入ってきた。 顔に表情はない。 でも、その目の熱量は凄まじい。 言葉じゃないからこそ、全部が伝わってきた。 全部だ。 言葉じゃない全部だ。 見つめられて息が止まる。 受け止められない程だから。 でも。 受け止めなきゃいけない。 「来いよ」 俺は両手を広げた。 そして、ゆっくりと近づいてくる男を抱きしめた。 男はふるえていた。 怯えていた。 俺が失われることに怯えていたのだ。 こんな大きな男が。 子供のように怯えていたのだ。 大事な人が死ぬことを知った子供のように。 「悪りぃ、マジ、悪かった」 心の底から謝った。 「お前が死んだら。この世界なんか壊してやる」 男が唸った。 ガチだ。 ガチで言ってる。 「内藤とお前の家族以外全員殺す。そして、1人でおまえのとこに行く。そしたら、お前を1人で独占できるしな」 男は続ける。 ああ、そう。 内藤達を殺さないのはこんどこそ、俺を独占するためなのね。 でも震えてて。 怖がっていて。 「置いていかない。絶対」 それを誓った。 置いていけないだろ、世界のためにも。 何より。 こんな愛しい男を。 置いていきたくなかった。

ともだちにシェアしよう!