23 / 118

初恋 7

街でナツを探してさまよっていたらわかることもある。 ナツは街をうろついているのではなく、家から逃げているのだ。 そして、家からにげる理由は。 親だった。 父親だ。 アル中で暴れる親だ。 アルコールは最悪だ。 それでもギリギリのとこで、なんとか踏ん張っている親もいる。 だけど、限界を越したら。 もう本人でもどうにもならない。 そして、本人が自分で、「もうダメだ」とわからないといけない。 底にいて、自分がダメになっている、と気づかないといけない。 そこからだ。 そして立ち直るためには専門家のサポートが必要になる。 アルコール依存症は病気だ。 ちゃんと専門家みてもらうべき病気で、意志だけでどうにかなるもんではない。 立ち直るために愛を注ぐよりも、専門家のアドバイスと本人の覚悟が必要なのだ。 ナツの父親はもうどうにもならないところまで来ていた。 生意気な娘はターゲットだった。 ナツの母親は父親を愛していた。 だから、父親を捨てられなかった。 母親が出来ることは、娘を逃がすことだけだった。 夫が暴れる前に。 夫に見つかる前に。 ナツから漏れる言葉をつなきあわせて、夜の街の姉さん達が推測した話だ。 俺はひと言も聞いてない。 俺がナツに話しかけられたことなんてなかったから。 どうなんだろうな。 母親は父親を捨てれなかった。 娘をくるしめても。 それはどうなんだろうな。 でも。 ナツだって父親を愛していたんだ。 ナツの蹴りやパンチは。 プロの格闘家だった父親に子供の頃からしこまれたモノだった。 海外でも試合をしたことがあるような、注目を集めたこともある選手だった。 後に俺も格闘技好きの常連さんから映像を借りたけれど、日本人には珍しい変則自在な蹴りを持つ、良い選手で、ナツの蹴りとそっくりだった。 勝った後、リングの上で小さなナツを抱き上げる笑顔が、1度しか見たことのないナツの笑顔に似ていた。 顔も似てた。 まっすぐに敵を見据える目。 不遜なまでに強い瞳。 ナツそのものだった。 それは 父親がアルコールに飲み込まれ壊されてしまうまで。 ナツの、大好きな父親だったんだ。 ナツが生き抜くために、その技を選んだのは父親を愛しているたからだろう。 女の子達は街で普通もっと分かりやすい生き残るための術をつかう。 それは仕方ないことだ。 だが、ナツは愛していた頃の父親そのままに、誰にも従わない不遜な姿であり続けたのだ。 誰にも屈しない、誇り高い愛した父親そのままに。 今はただの。 モンスターでも。 母親は。 捨て去るべきだったんだ。 夫を。 自分がどうなっているのかを、教えてやるべきだったんだ、俺はそう思ってしまう。 結末を見た今だからこそ。 でも、ナツは父親も母親も愛していた。 とても。 絡み合った家だった。 それだからこそ家族だった。 虐待の調査が入ったところで、暴力の実態はなく、ただ、家に帰ってこない娘がいただけだろう。 母親も父親も、娘を愛しているということだけは確かで。 娘も。 つよくて優しかった父親を愛していて。 その父親を愛する母親も愛していて。 幸せだった過去と、確かな愛が。 ナツ達を縛っていたのだ。 愛などなければ。 もっと簡単だったのに。 でも。 あの日、とうとう、ナツが家に帰れない位で済んでいた均衡が壊れた。 父親のアルコールで溶けた脳が気付いたのだ。 娘がいない。 と。 母親を殴り飛ばし、怒りくるった獣は娘を探した。 そこには愛もあったのかもしれない。 母親は瀕死の状態で隣人の通報で、見つかった。 それでも、母親は愛する夫を庇って、夫については何もいわなかった。 まさか、そうなるとは思ってしまわなかったのだろう。 途中で酒のパックでも買って飲んで、道端で潰れてねむるだろうと。 いつものように。 だが、その日は違った。 壊れ果てて執着になってしまった、かつて愛と呼ばれたモノが、機能したのだった。 化け物が街に放たれた。 化け物は、罰するべき娘をさがしていた。 愛している。 だから 罰しなければならない。 オレみたいにならなないように。 溶けた脳では。 それは正解だったんだろう。 そして、その日。 俺と犬も。 いつものようにナツをさがしていたんだ。

ともだちにシェアしよう!