31 / 118

悪魔 1

「それでも逃せると思ったんだ。女の子1人、逃すだけだ。後からめんどうなことになるかもしれないけど、逃すのは簡単だと思った」 ナツは言う。 ナツの話はとんでもなかった。 人身売買って、そんな俺の日常にはない単語。 ナツは話を続けた。 ナツと会うためにその少女カナは幹部の男の車でここに来たと言った。 幹部の男の車から降りた時点で、カナからはその組織の守護は離れてる。 仮にも自分達の元にいるモノを殺されるのはメンツに関わるからだが、手から離れたなら関係ない。 そこはナツの知り合いのBARだったが、ナツは言った。 「裏から出るよ」と。 用心したのだ。 それは正しかった。 でも、読まれていた。 裏から出た瞬間、待っていた連中が襲いかかってきたからだ。 バットや木刀を振りかぶってきた。 だが。 たかが三人。 ナツの敵ではなかった。 ナツは木刀をからだを逸らしてよけながら、蹴りを首筋と放った。 回転したいきおいそのままで、後ろの奴の肋に肘を叩きこむ。 折れた音を聞きながら、残った男の鼻を拳で折った。 無駄な動きは何一つなかった。 3人が踞る。 ナツは叫ぶ。 相棒の名を。 女の子がしがみついてくるのを抱えるようにして、表通りへとはしる。 ナツの叫びに相棒が応え、車を回してきた。 それに女の子と一緒に飛び乗る。 「ナツ、その子は?」 相棒が言った。 優しい男だった。 底辺にいるような男じゃなかった。 でも、何かしでかして落ちてきた。 それを後悔はしていないのは分かっていた。 それはナツも同じで。 2人は出会ってからずっと組んで仕事をしてきたのだった。 ナツに全部任せてくれた。 だから。 今回。 カナも相棒も死んだのも。 全部ナツのせいなのだ。 「客だ。この子を逃がすよ!!」 ナツはそう言ったけど。 それは結局失敗したのだ。 追われて。 街を出れなかった。 準備する間もなかった。 車をぶつけられて止められて。 カナが引きずりだされた。 カナは悲鳴をあげて連れ去られ。 しばらく悲鳴が聞こえて。 犯されてるんだとナツは思った。 それから声がしなくなった。 死んだ。 そう悟った。 そして、ナツと相棒は隙をみつけて逃げ出したのだ。 ナツと相棒は街から逃げることにした。 逃げるプロなのだ。 やれることはした。 だが。 相棒は屋上から落ちて死んだ。 逃げるための準備に、少し離れた隙に。 落とされたのだとわかった。 あの時、俺が来なければ。 警察が来なければ。 ナツも殺されていたのだと知った。 そしてナツは今まで、逃げるための仕事に協力してくれたところでさえ敵にまわったとわかった。 街が。 ナツを殺しに来てるのだ。 「なあ、なんでストリートの宿無し達のリーダーが人身売買なんかに関わっていたわけ?」 最初に食いついたのはドクターだった。 さすがに現役の悪党は違う。 興味津々だ。 「消えても気にされない子供たちだ。今だって、誰にも気にされていないからそこにいる。多分、ストリートの子供達を捕まえるために、あそこにいたんだろう。ストリートの子供が子供達を売ったのではなく、子供達を売るために、捕まえるために、その少年はそこにいたんだ」 ナツが言った。 少年こそが。 ユウタと呼ばれる少年こそが。 子供を捕らえる罠だったのだ。 ブギーマン。 子供を捕まえる鬼。 街に引かれてあつまる子供たち達は。 ネオンに誘われ遊んでいるうちに、鬼に捕まり売り飛ばされる。 買い手は、ある、らしい。 男もドクターもナツも納得してるから。 ゾワッとした。 マジか!! 「舐めてたよ。組織の道具の1つかと思ったんだよ。違った。ガキだけど、ちゃんと悪党だった」 ナツが苦笑いする。 司令は。 少年から出てる。 組織の兵隊は借りているとしても。 「お前は表にでれねぇ、日影もんだろ。なら、別にお前を殺すまでもねぇだろ。わざわざ騒ぎを起こしてまで殺すことはねぇ。ドブネズミ同士は相当なことがなけりゃ共食いはしねぇだろ、女のガキを殺したらしまいなはずだ」 男が納得がいかないと言う顔をする。 言いたいことはわかる。 ナツは警察に行けない。 行けないだけの理由がある。 もう逃すはずの女の子は死んだ。 ナツに出来ることは何もない。 女の子でも生きていれば、証人になっただろうけど、女の子は死んでるし、ナツは最初から警察については考えていないのはわかってるだろう。 そして、相棒まで殺せば組織にはナツをそこまでして追う理由はない。 十分だ。 女の子は殺したし、ナツは一人きりで何もできないだろう。 そこまでする、必要がない。 ナツは警察にはいかない。 てか、行けない。 そして女の子の死体さえもうないだろう。 もしナツが警察に行ったところで警察に起こったことさえ証明できないだろう。 わざわざ殺す手間はいらないはずだ。 なのになぜ、まだ追う? ナツは黙ってポケットからそれを取り出した。 ビニールに入れてしっかり密封されたソレ。 スマホだった。 キラキラしたストーンでかざられたそれは女の子のものだとわかる。 「ユウタというガキがセイヤというガキを殺してる動画が残ってる」 ナツが言った なるほど。 組織はこれが欲しいのか。 ナツに殺される前に少女はこれを託したのだ。 そして、向こうは女の子を殺してから、スマホを持っていないことに気付いたのだ。 今どき携帯を持っていないわけがない。 何かある、とは思うよな。 そして、渡したんだ。 ナツに。 そう向こうも思ったんだろう。 「これを警察に渡せば・・・なんなら俺が渡すよ」 俺は言った。 それしか無いだろ。 俺が行くしか。 なんでこれを持ってるのかとか説明が大変そうだけど。 「ダメだ」 ナツは言った。 「そんなモノでは足りない。足りないんだよ。アタシの仕事をジャマされて。相棒まで殺されて。そのガキを警察に捕まえさせて終わりだって?足りないね。全然足りない。アタシは今、逃げてるだけじゃない。ちゃんと、クソガキに借りを返してもらうつもりなんだよ」 ナツは笑った。 その笑顔を知ってた。 あの日のあの笑顔だった。 獣の笑顔。 「相棒殺されて。警察にガキ差し出して捕まえさせて終わりなわけがないだろう?」 ナツは決めていた。 「だよな」 男がウンウンとうなづく。 「まあ、なぁ。警察使うのは恥だしね、ちゃんとケジメはつけないといけないよね。舐められたら、今後の仕事に差し障るよね」 なんかドクターも言ってる。 え、何? このアウトロー達の一体感。 「殺すか。そのガキ」 あっさり男が言った。 俺の首すじの匂いをかぎながら。 「ダメだ!!」 俺はそこは止める。 「なんで?」 ナツが凄い目で聞く。 「なんでだ?」 男。 「どうして?」 ドクター。 固まる内藤。 俺と内藤は。 自分達が間違っているのかもしれないかと思うほど、アウトロー達は純粋にそう思っていた。 何故殺しちゃいけないのかと。 でも。 ダメだ。 ダメだ。 「殺すのはぬきで!!それ以外じゃないと協力しない!!」 俺は言った。 「そうだな、殺すだけなら生ぬるい」 ナツが頷いた。 「殺すのは慈悲だしな」 男も頷く。 「殺す以上かやるな」 ドクターも首を振る。 なんか違う。 けど、殺人はだめ。 殺し、ダメ、絶対!! 内藤を見た。 俺達がなんとかしないと。 復讐と殺戮の物語になってしまう!! 内藤は引きつった顔で頷いた。 とにかく。 なんとかしなければ!! わかんないけど!!!

ともだちにシェアしよう!