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悪魔 7
怪物は歓喜していた。
長く自分に手向かってきたものなどいなかった。
諦めて力無く殴られる、妻や子どもしか相手にしてなかった。
それは子供ではあっても敵だった。
靴下につめた石か乾電池、そんなものを武器にしてるとしても、間違いなく反撃してきた敵だった。
何よりガキの隣りにいる燃え上がる炎のような目をした獣。
これは間違いなく、良い敵だった。
うぉおおおぉおおぉおお
怪物は喜んで叫んだ。
闘うことは悦びだったからだ。
迷わずガキに向かう。
こっちは弱い。
強敵そうな 犬は、ゆっくり楽しもう。
中学生の俺は迷わなかった。
こういう時は迷ったらダメだ。
乾電池のはいった長いくつ下を思い切りまわし遠心力をつけて、自分へと向かってくる怪物へと投げた。
怪物は。
驚いたと思う。
俺のくつ下は怪物の肩に当たり、そしてまちがいなく怪物の肩を砕いたからだ。
怪物は地面にころがった。
子供がこんなモノを投げるなんて思わなかっただろ?
「来い!!」
俺はナツに向かってさけんだ。
穴みたいになっていたナツの目に光がもどる。
ナツも驚いていた。
俺みたいな子供が投げた靴下が父親を倒したからだ。
何も驚くことじゃない。
投石機と同じだ。
遠心力を使って石を投げる技と同じようなものだ。
遊牧民の少年はこれで獣と対峙することもあるし、古来から使われてきた有効な武器だ。
常連さんの1人に習った。
力無い人間の武器として。
昔の神話で、羊飼いの少年が巨人を倒したのも投石機だそうだ。
「少年ダピデが巨人ゴリアテを倒したのさ」その神話をそうおしえてくれた。
「そして、そしてダピデは国を救い、その後王になった」
昔はインテリだったんじゃないかという噂の常連さんだった。
今はゴミを回収する会社で働く人だった。
河原で投石して遊ぶのに付き合ってくれた。
面白った。
手ぬぐいを使っても投げられるけど、遠心力を付けた乾電池の入った靴下でも問題ない。
肩を撃ち抜いたのはねらったからだ。
頭なんか、狙えないだろ、死んだらどうすんだ。
「逃げるぞ!!」
俺はナツに叫んだ。
ナツは迷わなかった。
怪物の側をすりぬけて、俺のところへやって来た。
俺はナツに手を伸ばす。
ナツはオレの手をつかむ。
こんな時なのに、幸福感が弾けた。
ナツは俺の、
俺だけの少女だった。
多分、俺はあの男から離れることはないだろうから、ナツは永遠に、俺だけの女の子だ。
初恋だから。
手を繋いで、そして犬と、俺たちは逃げた。
街はゆう闇を過ぎて夜になろうとしていた。
怪物は怒り狂っていた。
怪物は肩から血を流し、それでも起き上がり、怪物も走り始めた。
何故なら、怪物にとっても、ナツは自分だけの少女だった。
愛しい愛しい娘。
アルコールで壊れ狂った脳に愛は諦めることを許さなかった。
長いアルコールと不摂生で壊れた身体が限界を超えてうごき始めた。
怪物の本能に火をつけて。
娘を取り戻すために。
愛ゆえに罰するために。
「ナツ!!!逃がさんぞ!!」
怪物は叫んだのだった。
走っていく俺とナツを凄まじい勢いで追い始めた。
前かがみでほぼ両手を地面につくかのように駆けていく。
獣のように。
怪物は俺たちを追っていた。
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