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悪魔11
俺より背の高い少女と手を繋いで俺は駆けた。
犬は俺の隣りを走ってついてくる。
俺はナツと目で会話する。
話す呼吸すら惜しいからだ。
怪物が追ってくる。
俺達は繁華街から、表通りに飛び出していた。
国道の脇の歩道を走る。
ラッシュアワーの国道は車がゆっくり流れていた。
完全に日はくれ、車のヘッドライトと街灯と、パチンコ屋のネオンや安くて有名なスーパーの看板が俺達に光を落とす。
その中を駆け抜ける
俺やナツは確かに子供だが、遅くはない。
だが、怪物はかなり遅れて俺達を追ってきたのに、もの凄い勢いで距離を詰めてくる。
酷い前屈みの視線でまるで地面に手がつくんじゃないかという姿勢で追ってくる。
涎を流し、目を見開き、アルコールではないヤバいクスリをやってる人みたいに。
身体の限界が麻痺して分からなくなってるのだ。
脳が完全に壊れ、それは、能力を奪うのではなく、怪物化させる方向に作用していた。
逃げる子供達と犬。
それを追う怪物。
誰もが呆気にとられてそれを見ていた。
「ユキぃぃぃぃぃぃぃ!!!!逃げるなぁぁぁぁぁ!!!」
化け物の声が響く。
呪いのように。
「父ちゃん」
声を出さずにナツが言った。
俺は怪物がナツの父親なのはわかってた。
怪物のその刺すような鋭い目はナツの目、そのものだったから。
ナツは泣いていた。
ナツはそれでも、この怪物を愛していた。
それがわかった。
殺される瞬間さえ愛しているだろう。
だが、殺させるわけにはいかなかった。
距離はどんどん縮んでいく。
捕まったなら、怪物は公道のど真ん中でナツを殴り殺すだろう。
靴下と乾電池という飛び道具はもう使ってしまった。
戦う武器がない。
犬は確かに大きな味方だけど、怪物は怪物だ。
犬を無闇に危険にはさらせない。
それに、怪物とはいえ、ナツには父親なのだ。
俺はナツの目を見て合図した。
すぐ目の前の小さなビルを指さした。
4階ほどの小さなビルで、パチンコ屋の光に浮かび上がっていた。
ボロボロで、1階の焼肉屋以外は何も入っていないのがわかる。
小さなテナントが入っていない、上の階へ向かう煤けた階段が焼肉屋の扉の隣りにあった。
そこへ俺とナツと犬は飛び込み駆け上がっていく。
そこの3階には前まで空手道場があって潰れた、が、実はまだ鍵を持っている元道場生がいて、不良達がそこを溜まり場にしているのを俺は知っていた。
俺はそんなところでタバコやガスを吸ったりはしなかった。
ライターのガスを吸えば、トべるので街の子供達に蔓延してた。
でも、そんなの興味なかった。
だって、あの頃の俺はナツを探すのに忙しかったしね。
幻覚よりは現実の女の子のがずっと良かった。
今日は連中はいなかったが、俺は鍵の隠し場所も知ってた。
幼なじみはガスは吸って無かったけれど、タバコはスってたからだ。
「ガスとタバコを一緒に吸ったら爆発するぞ」
俺は言ってた。
タバコはまあ、ね。
いいかな、と。
ガスよりは。
ガスだけはダメだし、ガス吸ったら俺の母親にチクると言っていたので、友達はガスには手をだしてなかった。
まあ、ガスに引火して爆発騒ぎがあったのは数ヶ月後だ。
ありがたいことに死人はでなかった。
友達は眉毛と髪を燃やしただけですんだ。
そらそうなるだろ。
何故わからない。
とにかく、俺はその鍵の隠し場所も知ってた。
下手くそに塗られたドアの下の方を探る。
実はドアを塗ってるペンキをぬられたガムテープでポケットがドアには作られているのだ。
その中に鍵がある。
俺は慌ててドアをあけ、中に飛び込み鍵を閉めた。
ぐぁあァァァ!!!
獣がナツを求めて駆け上がってきたが、その鼻先でドアを締めて鍵をかけることには成功した。
俺とナツは、タバコの吸殻や空き缶や、ガスの缶が転がる撤去されて、コンクリートだけになった部屋でへたりこんだ。
犬は俺の隣りに寄り添う
ドアを睨みつけながら。
そこに怪物がいるからだ。
よし!!
そう思った。
ここで警察を呼ぶ。
警察はキライだが仕方ない。
俺は携帯で警察に電話をしようとした。
お父さん、警察に突き出すことになるけど、仕方ないよな、そうナツに言おうとした。
だが。
俺は言葉をうしなった。
ぐわん
ぐぎゃん
凄まじい音とともにドアが歪んだ。
ナツの父親がドアを蹴ったのだ。
安っぽいとはいえ、一応、金属製のドアが歪んでいた。
ドアに隙間が出来て、そこから、怒りに狂った目が部屋の中にへたり込む俺とナツを睨みつけていた。
「ユキぃいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
怪物が吠えた。
叩きつけるような殺気と怒気の中で。
燃える目。
ぐわんが
ぐしゃん
またドアが歪む。
粘土みたいに。
怪物の怒りに満ちた顔が飴みたいに曲げられたドアの向こうにハッキリと見えた。
ありえない。
強すぎる。
金属製のドアを。
ドアが壊されるのは時間の問題だった。
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