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トラップ 8
怪物は目を押さえて絶叫する。
教えられた通り、目をやられたなら人間は動けなくなる。
「逃げるんだ!!」
俺はナツに叫んだが、階段への入り口に怪物はいる。
怪物を入り口から引離す必要があった。
「犬!!」
俺は犬に叫ぶ。
犬が吠えて応える。
俺たちでナツを逃がさないと!!
犬が化け物に飛びかかり気を引き、そこにオレが屋上に落ちてた角材で襲いかかることに決めた。
怪物は今は目が見えないのだ。
出口から怪物を引き離し、ナツが逃げれるようにするだけでいい。
犬は怪物へと向かった。
褐色の弾丸みたいに。
あえて吠えて位置を晒す。
怪物は吠えた。
「ぎぃあああアア!!!」
怒りと苦痛の声。
正確に、犬の方へ身体を向く
ここで、俺達は気付くべきだったんだと思う。
怪物は思っていた以上に怪物で。
そして何より、怪物はもうアルコールに壊された脳しかなくても、それでも娘のために闘う父親でもあった。
本能的に目をやられたなら、人間は動けなくなる。
だが、怪物は娘を追ってきた父親だった。
壊された脳によって、狂って、マトモではないけれど、愛情だけは本物だった。
マトモだった頃の父親はナツをどんな敵からでも守っただろう。
たとえ、目を潰されようと。
それは今も変わらず、ナツを痛めつけ殺すことがナツのためだと思いこんでいる、狂ってしまった今でも、それは変わらなかったのだ。
そして。
怪物は本物の怪物だったんだ。
犬の方へ向いた隙を狙って俺は音を殺して忍び寄り、角材を思い切りその頭に叩きつけた。
はずだった。
俺は吹き飛ばされていた。
角材を持った両腕がおられていた。
怪物は間合いに入った瞬間の俺を蹴りあげたのだ。
正確に。
見えてないのに。
俺は両腕が折れる音を聞き、宙を飛び、屋上のコンクリートに叩きつけられていた。
追撃をくらって、俺は殺されていただろう。
娘を守るために、怪物は躊躇なく俺を殺しただろうから。
目を潰されながらでも。
そうはならなかったのは。
犬が俺を守ったからだ。
犬も怒り狂った。
犬は俺を愛していた。
それは怪物がナツを愛するのと何も変わりない。
犬は殺す気でとびかかる。
犬と言う生き物が、どれほど恐ろしい生き物なのかは、襲われた人間にしかわからない。
しかも。
俺の犬は。
人間以上に賢く、本能を凌駕する意志を持っているのだ。
俺のためになら、何だってなれる。
そう、悪魔にだって。
犬は怪物に襲いかかった。
俊敏な動きは弾丸のように速い。
だが、怪物はどうやってだが見えてないのに避ける。
でも、怪物が繰り出す蹴りを、犬は潜り抜ける。
対人間用の格闘技では地面を這う生き物の対策としては弱い。
犬は脚を狙ってくるからだ。
脚を壊して、喉を食い破るつもりだ、犬は。
俺は痛みを忘れて、ナツも呆然と犬と怪物の闘いを見ていた。
犬は。
狡猾だった。
飛びかかり、そこを狙い済ましてくる蹴りを空中で身体をしならせ、軌道をかえて避ける。
左右に飛び回り、音で居場所を判断している怪物を撹乱した。
「犬!!」
俺は泣きそうになった。
犬は俺のために戦っていた
俺だけを守るためにたたかっていた。
なのに俺は両腕を折られて役立たたずなのだ。
「犬ぅ!!」
俺は叫ぶしかできない。
怪物の足首にとうとう犬が噛み付いた。
深く噛み付いたが地面に脚ごと叩きつけれた。
犬が悲鳴をあげた。
足首から飛ばされ、床に叩きつけられる。
俺はよろよろと立ち上がり駆け寄る。
犬もヨロヨロと起き上がる。
犬がどこかケガしたのは間違いなかった。
でも、それでも。
犬は怪物に立ち向かおうとしていた。
俺だけのために。
俺は声をあげて泣いた。
走って犬に飛びついた。
俺は犬を抱きしめて攻撃になんていかせない。
犬は死ぬまで怪物と闘うからだ。
折れてたからうまくいかないけど、それでも、脚まで使って犬を固めた。
犬が怒って鳴く。
行かせろ、と。
お前を護るんだと。
俺だってお前は殺させない。
俺はそう思った。
俺がお前を覆っていたら、あの怪物の攻撃からはお前を守れるだろうか。
俺を殴って蹴っている間に、ナツは逃げられるだろうか。
俺は犬もナツも守りたかった。
怪物は近づいてくる。
俺はあばれる犬をおさえつけて自分の身体で覆う。
目を閉じる。
耐えろ。
耐えるんだ。
守るために。
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