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トラップ 11
ナツは目閉じた。
落ちていくこの角度は危ない。
垂直に地面がみえる。
この角度なら死ぬだろう。
間に合わない。
父親と同じ死に方、恋人とおなじ死に方なら悪くない。
父親も恋人みたいに脳を巻き散らかしていたのだろうか。
壊れた脳を。
立ち止まることができたなら、やはり父親の脳も掻き集めてあげたかった。
愛していたのだ。
父親を。
ナツは衝撃を目を閉じ、待った。
だが頭蓋骨が割れる衝撃はなかった。
首がへし折れる音もきこえなかった。
太く熱く柔らかいモノにナツはつつまれていた。
熱い。
とても熱い。
思わず、 目を開いた。
炎に包まれていた。
のたうつ炎に。
それが、あの男の腕だとわかった。
褐色の肌に燃えている炎を纏った腕など、あの男のもの以外ありえない。
燃えているのかと一瞬錯角したほど、男の肌は熱かった。
「今死んで貰ったら困るだろーが。全部終わってアイツの知らないところで勝手に死ね」
燃える炎のような目、火にむつつまれているくせに冷たい温度の声でナツに言う。
この目を知ってる。
ナツはふと思った。
この目の炎とそのナツへの嫌悪からの冷たい温度を知っている、と。
「あたしがつけられるなんて」
でも声に出たのはそっちだ。
ずっとつけられてきたのだ。
この男は。
なにもかもがナツより上だと思い知らされた。
彼のために。
ナツを守ってるのだ。
「彼に頼まれた?」
ナツは聞く。
「アイツはそこまで無神経じゃねぇ。自分の伴侶に昔【少しばかり】好きだった女を守らせたりはしねーよ。アイツはオレをそれはそれは愛しているんだからな。めちゃくちゃ可愛く鳴くんだからな、オレのデカいのを突っ込んでやったなら」
男の声は深く響き、だけど明らかにナツにマウントをとりにきているのも確かだった。
そして、こんなことを言ったのがバレたら男が彼に殺されるのも確かだった。
でも、とにかく、推しの【攻め】を【受け】にされるのは地雷でナツは不機嫌になる。
彼は攻めだっての!!
あの懐の広さと、考え無しの行動力!!
攻めなんだって!!
あんたとのカップリングは認めない。
「あたしを見殺しにした方か良かったんじゃない?」
ナツは正直に聞く。
自分なら守ったりしない。
せっかく守ってくれているのに勝手なのことをして死ぬ恋敵など。
死んだ方がスッキリする。
「殺す方法は352通り考えた」
妙にリアルな数字を男は言ったので本気だとわかる。
やだ怖い、ナツは真剣に怯える。
「だが、アイツに嘘はつけねぇし、アイツが泣くだろ、お前か俺達の周りにいる時に死んだなら」
ため息が本当に残念そうで。
だから。
本当に。
この男は。
本当に彼を愛しているのだとわかった。
男は一応丁寧にナツを下ろした。
そして、ナツから携帯を取り上げた。
そして、携帯を呆然と2階から2人を見下ろしている携帯の持ち主を見上げた。
男はまず、携帯を操作して写真を消去した。
ナツがベランダからベランダへ飛びうつっている画像だ。
そして、携帯を持主に向かって投げた。
携帯は金属製のアルミのフェンスをにぶつかり粉々に砕け散った。
破裂したように。
意外と音はしなかった。
ただ、あまりにも細く粉々に壊れるスマホが、衝撃の凄まじさを示していた
ナツは。
不覚にも。
ぶつかるまでその軌道を追えなかったのだ。
ナツの目でも追えない速さだった。
「ちゃんと返したからな」
男は深く響く声て、持ち主に告げた。
持ち主はソレが自分に当たったかもしれないことに恐怖して、へたりこんでいた。
フェンスの金属製の柵はグニャリと曲がっていたのだ。
スマホが生滅したショックで。
いや、スマホ返してない。
奪わなかっただけだ。
それにその前に画像消す意味ある?
粉々になったのに。
ナツはそう言いたかった。
でも、男にはこの行為に意味があるらしく、うんうんとうなづいている。
彼に。
飼い主に。
褒められると思っているのだ。
どうかしてる。
ナツは呆れた。
だが、とにかく立ち去るのが先だった。
男を置いてバイクまで走ったはずだけど。
先に何故か男がバイクのところにいたのだ。
ずっとそこにいたかのように。
ヤダ怖い。
ナツはもう恐怖しか感じない。
「帰るぞ」
男はどこからかヘルメットを取り出してバイクの後ろにのる。
ナツのバイクに乗って帰る気だ。
大体乗り物もないのに、どうやってナツを追ってきたのか。
この男なら、走って追いかけてきたとしてもナツはもう驚かない。
怖い。
「アイツに言うことがあるんだろ」
男は言った。
そう。
言わないと。
子供達が、まだあそこにいることを。
ナツは仕方なくヘルメットをかぶり、バイクに跨った。
ヘルメットはバイクと一緒に盗んだものだ。
バイクは小さくはないが、こんな大きな男を後ろに載せたことなどない。
「バイクも返しておけ。アイツは盗みとかは嫌いだからな」
男が偉そうに言ったので、ナツはムッとした。
生命は救われたが、コイツは嫌いだ。
男を乗せてうごきだす。
2人は無言だ。
この間柄に言葉は不必要だから。
でも。
「あんた似てる」
ナツは言った。
意地悪な気持ちで。
生命は救ってくれたし、この男は本当に彼を愛している。
あの頃ナツが彼に抱いていた初恋などとは較べものにならないくらいに。
だが、嫌いなのは仕方ない。
命の恩人?
それはそれ。
「あんた、彼の飼ってた犬そっくり」
それはイヤミのつもりだった。
彼は犬を愛していた。
それはわかってた。
犬も彼を愛していた。
嫌いなナツのために命をかけるほど。
彼のためだから。
所詮、男なんか犬の代わり。
そんな嫌がらせのつもりだった。
だが。
男は大声で笑った。
響き渡る声で。
その低さと深さがヘルメットに反響するくらいに。
「そうか!!オレは犬に似ているか!!」
背後で男が笑顔なのが、見てないのにわかる。
ナツはゾッとした。
この世界に、恋人が飼っていた犬に似ていると言われて狂喜する異常者がいるなんて。
「オレは愛されているんだな!!」
男は歓喜してさけんでた。
犬扱いされた男は。
隠れ家に着くまで上機嫌で。
デカいムカつくほどいい声で、しかもやたらと上手く、古い古い英語のラブソングを歌っていた。
「どうかしてる!!」
ナツは正気を保つため、何度も何度も怒鳴るしかなかった。
もうヤダ。
怖い。
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