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肉体装置 6
ユウタは相変わらず綺麗だった。
優しげで、涼しげで。
泣き腫らした目をした少年の肩を抱いて俺の前に現れた。
少年の髪や頬にキスしていたから、少年を慰め抱いていたのは間違いなかった。
少年は。
どこかの誰かに売られて。
その後ユウタに慰め言い含められていたのだろう。
これを繰り返すのが良いことだと。
これこそが良い方法なのだと。
だから少年は泣き腫らした目のまま、またどこかへ向かった。
ユウタが指示したどこかへだ。
客がいるのだ。
誰かにだかれ、それを慰め抱かれ、それからまた抱かれにいかなければならない。
ユウタは1日1人の客なんかでゆるしてくれるほどあまくはない。
ユウタがヒラヒラと手をふると、少年はなんども振り返りながら夜の街に消えていった。
胸が痛かった。
どこかの子供が好きな変態の元へ行くのだと思うと。
例え止めたところで止まらない。
ユウタに支配されているのだから。
「それで、CDの話だけど」
ユウタは言った。
その話のために今日はここにいる。
俺とユウタはバーに向かった。
子供達を連れてならバーには入れないけど、俺とユウタならまあ大丈夫。
ユウタは未成年は未成年だけど、ユウタだけなら店は見過ごす。
ユウタはややこしい組織が裏についていて、しかも、ユウタは大金を持っているからだ。
「その話は俺じゃなくて、違う人としてもらってもいい?俺のじゃないんだ、あのCD」
俺の言葉にユウタは警戒する。
だがユウタも想定内だろう。
一介の大学生がずっと都市伝説だった「カウントCD」を持っている方がおかしい。
「俺は君とその人を会わせるために君に近づいた。俺の仕事はここまで」
俺の言葉には嘘はない。
俺は手をあげた。
ユウタは警戒はしているが余裕がある。
ここはユウタのテリトリーだ。
何かあれば店にいるユウタを守るための連中が俺に襲いかかるのだろう。
手を上げた俺に応えて近づいてくるのはドクターだ。
驚く程に別人になっている。
変装とかそういうレベルじゃない。
身体付きから変えてしまうのだ。
肩胛骨の間を広げ、肩を前に入れ、背骨を曲げて腰を引く。
猫背で前かがみのシルエットに、顔付を片側にゆがめた顔だちと神経質なあご先の動き。
目付きや口元の動き方さえ変えてしまう。
ドクターはユウタの子供達を【仕込み】のために何人か客として抱いているけれど、彼らはドクターに会ったところで気付きもしないだろう。
ドクターはどこか陰気で、具体的ないかがわしさを持った男として、ユウタの前に現れた。
ユウタは納得しただろう。
カウントCDを持っているなら、俺よりもっとこちらの方がそれらしい。
「はじめまして」
関西訛りでドクターは言った。
完璧なアクセントだった。
ユウタはドクターの差し出した手を握ろうとはしなかったけれど、振り払いはしなかった。
キレイな微笑みを浮かべたまま、ドクターを見上げる。
ドクターの心の声はわかった。
「あんた、抱きがいがありそうだ」
ドクターの声ではないような発声で出されたハスキーな声だったけど、間違いなくドクターの声だった、その欲望はまちがいなく。
「仕事以外でも付き合いたいね」
ドクターは下品な男を演じる必要はなかった。
そのままだから。
下品さもいかがわしさも、この場面では信用になる。
ユウタは俺の背後にいるのがこの男なのは納得したようだった。
とても、わかりやすいことはいいことだ。
「この人に君を会わせるまでが俺の仕事。終わり。後は二人で」
俺は立ち上がろうとした。
だが、俺の行く手を立ち塞がるように、いつの間にか湧き出たイカつい驚く程に達が俺を囲んでた。
「駄目だ。話を持ってきたのは君だ。話が終わるまではここにいろ。そして、話次第では、君は今日どこにも帰れない、それどころかこの先ずっと」
ユウタは言った。
綺麗な顔の優しい微笑みは消えることはない。
「オレは君だから話に乗った。だけど、君は本当は違う人間からの話しだという。だが、持ち込んだのは君だ。責任は君からとるよ」
ユウタはハッキリ言った。
ユウタは甘くない、ってことか。
俺は大人しくまた座った。
「君、人助けしたヒーローだろ?なんでこんなことしてるの?」
ユウタは意外なところをついてきた。
俺は土砂崩れで潰れたバスの生き残りで、怪我した男を担いで山を降りてきたとして、少しばかり有名になったことがある。
まあ、そこで助けたのがあの男なんだが。
ユウタはそこまでしらべていた。
ユウタも人を騙すプロなのだ。
甘くはないってことか。
「俺は金のために君とこの人を引き合わせたわけじゃない。俺は君があの子達にさせていることが嫌いだ。俺はあの子達を助けたいから君とこの人を会わせた」
俺は正直に言う。
本当のことだけが、詐欺師に有効な言葉になる。
俺は実は1度も嘘をついていない。
俺はカウントCDに興味はないかとは言ったけれど、カウントCDがホンモノだとか、そういうことは1度も口にしていないのだ。
詐欺師に嘘をついても大丈夫なのは、同等以上の力を持つ詐欺師だけだ。
だから俺は名前さえ隠さずにユウタと対峙したのだ。
「ふうん?」
ユウタは信じるだろう。
なぜなら嘘はそこにないからだ。
ユウタやドクター達位になれば、話の内容ではなく、俺の瞳孔や目の動きを読んでいるのだ。
嘘だけを検索している。
だからこそ、嘘さえつかなければ、やりきれる。
測っているのは話の内容じゃない。
「君の才能が欲しい。【世界】のためにね」
ドクターが言った。
完璧な嘘がつける男が。
だけどドクターはここにあえて嘘だとわかる嘘をついている。
「行き場のない子供達が街なんかで身体を売らなくてもいいようにしたい」
俺の言葉に嘘はない。
「そうそう。私は君の才能を活かしたい。君が君なりのやり方で子供達を助けようとしているのはわかっている」
ドクターの言葉はわかりやすい嘘。
「酒や咳止め薬やバカ騒ぎで、あの子供達が救えるとは思えないんだ」
俺の言葉にユウタは皮肉に笑う。
「だから鬼ごっこや、かごめかごめやだるまさんがころんだ?」
ユウタの言葉にはこばかにした響きがあって、俺を信じているのがわかる。
「少なくとも、売春よりはマシだ」
俺は言い切り、ユウタは肩をすくめる。
ユウタは俺をそのままに信じる。
下らない正義感で乗り込んできたバカ、と。
まあ、そうだし。
おそらく内藤の正体もバレてるか。
「もっとよいやり方があると思うんだよ、だから私は彼に協力してもらったんだ」
ドクターはわかりやすい嘘を信号としてユウタに送っていた。
ユウタは察しただろう。
わかりやすい正義感を剥き出しにする俺と嘘を並べるドクターと。
俺が信じていることはドクターは信じていない。
だが、俺はドクターを信じていることを。
「・・・・・・どんなやり方?」
ユウタは優しい笑顔のまま、俺に聞く。
「わからないけどきっとあるって信じてる」
俺の本音にユウタは愉快そうに笑った。
本当に面白そうに。
馬鹿にしていた。
ムカついた。
顔にも出てただろう、それでいい。
「私もあると思っている。そのためにも君のその能力、人を引き寄せる力を貸して欲しいと思っている」
ドクターはシレッと言ってのける。
ユウタは目を眇めた。
ユウタは嘘をついていない俺、そして嘘しかつかないドクターから結論を導き出しているはずだ。
「俺」は「この男」に騙されている、と。
そして、「この男」はそれをユウタに隠そうとしていない、それこそが、「この男」がユウタに伝えたいことなんだと。
「・・・帰っていいよ。もう住所も知ってるしね」
ユウタは俺に言った。
ドクターと二人で話す気になったのだ。
俺のような正義感を振りかざす馬鹿を騙して何をしようとしているのかが気になったのだろう。
そして、ユウタも新しい可能性に気付いたのだ。
「誰か」を騙してさらに「誰か」を騙させる。
ユウタはゾクゾクしたかもしれない。
人を操り沢山破滅させるなんて、なんてステキなことなのか、と。
俺は立ち上がり、店を去る。
ここからは、嘘つきが嘘つきを騙すのだ。
そこはドクターに任せて、俺は俺のやるべきことをやっていく。
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