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肉体装置 9
「やめろ!!」
俺は叫んだ。
そして、ホームレスのおじいさんーーよくこの辺りで見かけた人だったーーにのしかかっていた男の子を引き剥がした。
おじいさんは殴られてて、鼻から口から血を流していて。
目が虚ろで。
俺は泣いてしまった。
なんでこんな。
なんでこんな。
おじいさんは怯えていて。
ずっと殴られ笑われていたから当然で。
「え?何?何マジになってんの?」
驚いたようなことを言うのは、引き剥がした男の子。
シンと呼ばれていた子だ。
俺に懐いていて、遊びに誘うと1番ノリノリだった。
子供のように俺にまとわりつく子だ。
だけど。
シンは笑いながら、おじいさんを殴っていた。
遊んでいる時と同じように楽しみながら。
俺はシンを殴った。
迷わなかった。
1発だけだったが、殴らないわけにはいかなかった。
シンは心のそこから驚いた様な目で俺を見上げた。
殴られた頬をおさえながら。
その目には驚きしかない。
本当に驚いたのだ。
シンにはオレがなぜ殴ったのか分からないのだ。
「なんでだよ・・・」
俺は泣いて叫んだが、いや、俺はこれを知ってる。
何度も何度も繰り返し見ている。
人間は弱い。
あまりにも弱い。
なんでこの通りに子供達が集まっているのかの理由の1つ。
一人だったら格好の獲物になるからだ。
調子にのった格好と態度の子供が一人でフラフラしていたなら、その子供を狩ろうとする連中は間違いなくいる。
実際この夜の街をうろつくようになってわかったことは、この通りのこの子供達を憎む人達もいるということだった。
ゴミをその辺に投げ捨てて、大騒ぎして、ゲロを吐きちらす。
身体を売ったり、咳止め薬でラリったり。
子供達の刹那的な行動を嫌悪したり、「どうせマトモじゃない」と決めつける連中だっていた。
ホームレスを憎むように子供達を憎んでいる人達もいたのだ。
だから群れているのだ。
狩られ無いために。
一人でいる子供など、ただの獲物でしかない。
子供達はそれをよく知っている。
家や学校でもう獲物になっている子もいるのだし。
仲間内では自分達に価値を与えあっている。
それにユウタがすべて認めてくれる。
身体を売ろうが、酒を飲もうが、咳止め薬でハイになっても。
それは許され認められる。
ここでなら。
でも子供達は知ってる。
ここ以外では。
仲間内以外では。
自分達は獲物か、良くないものをとして嫌悪されていることを。
ユウタが忘れさせてくれているなら、子供達は考えないようにしているけれど、本当はしっている。
永遠にここにはいられないってことを
ユウタは子供達ここからを出す気はない。
でも子供達は本当は知ってる。
ここには永遠にいられないことを。
それは行き場のない子供達には恐ろしいことだ。
だから逃げる子もいる。
ユウタによって追い詰められたのだとしても、
建物の屋上から飛び降りた女の子はなぜ飛び降りた?
映画館のトイレで首を吊った男の子は何故そんなところで死んだ?
ホテルで手首を切った女の子は?
酒を飲みすぎて吐瀉物が詰まって死んだ男の子はなんでそこまで飲んだ?
・・・ユウタだけのせいではない。
子供達はここに囚われて、でもここで永遠に子供ではいられないことに気づいているのだ。
ユウタは殺したい子供達には、それを自覚させただけだ。
子供達が本当は知ってるそれを。
子供達は本当は知ってる。
自分が弱者で。
世間からは、蔑まれていることを。
だから。
必要だったのだ。
自分達が蔑む為の存在が。
自分達より弱い存在が。
それがホームレスだった。
笑って、蔑んで馬鹿にしている間は、自分達はソレより上だと思い込むことができる。
ホームレスのおじいさんはそのための生贄だった。
俺は知ってた。
俺の幼なじみ達の中にもそうなってしまった連中はいたからだ。
逃げられない辛さを、自分より弱い者を見つけてウサはらす・・・
そんなモノになってしまったヤツらはいた。
悲しいことに。
街はそういう存在も生み出す。
弱くて。
醜い。
そしてなんて悲しい。
「何カッコつけてるんだよ・・・何マジになってんの?」
シンが鼻で笑ったから、また殴った。
シンは吹き飛んだ。
俺は手加減してない。
ちなみに、あの男と暮らしてるし、今はナツもいてるから俺も感覚おかしくなって、俺って弱いお姫様のような気持ちになるけど、俺はまあ、かなり喧嘩は強い方なはずだ。
常連さんに殴り方やら蹴り方を教えられてしてるし。
下町育ちで喧嘩出来ないとやっていけない。
シンが派手に転がるのは当然だった。
俺のパンチはあまくない。
ホームレスが殴られていた時には笑っていた女の子達が悲鳴を上げた。
男の子達は青ざめてしまって、俺に集団でかかってくる気配すらない。
俺は一人なのに。
弱いおじいさんだからこそ、楽しんでいたのだから当然か。
「人を嘲笑って、暴力振るうなんて一番やっちゃいけないことなんだよ!!」
俺は子供達全員に怒鳴った。
「笑いものにされて、殴られてもいい人間なんか・・・いないんだ!!」
俺は泣きながら怒鳴った。
分かって欲しかった。
悲しかった。
誰かを殴って気持ちよくなるなんて、それは1番いけないことなんだって。
子供達は奇妙に沈黙していた。
俺は泣きながらおじいさんを背負った。
おじいさんはガリガリで軽くて。
こんな人をなぐっていたのかと思うと辛すぎた。
俺は病院へと向かった。
今はとにかく。
おじいさんを治療してもらいたかった。
子供達よりこちらが優先だった。
おじいさんはショック状態にあるのか、何も言わないでぐったりしていた。
俺はとにかく走った。
病院へ。
この辺で1番近い病院は・・・。
「ソイツをよこせ。オレが持つ」
いつの間にか隣りに男がいた。
俺は全力で走ってるのに、男はまるで歩いているかのように余裕だ。
タトゥーを隠すためか、パーカーを目深に被って顔や首筋を隠している。
でもその身体のデカさはやはり目立つ。
なのに何故、この男が近づくことすら気付かなったのだろう。
声をかけられるまで気付かなかった。
お前いつからいてたの?
「オレのが速い」
男の言葉はその通りだったので立ち止まったなら、背負っていたおじいさんを俺から奪って、男はおじいさんを肩に担いで消えてしまった。
いや、本当に。
消えたんだよ。
恐ろしく速く走っただけなのだと思うけど。
なんか、ふっと消えてしまった。
「お前はまた。そうやって。どいつもこいつも助けてしまうんだよな。・・・・・・仕方ねぇけどよ」
男が立ち去る前にみせた苦い笑顔が気になった。
だけど、すぐに男から電話があって、1番近くの病院におじいさんがついたこと、治療を受けれることを聞いて俺は安心したのだった。
そして。
苦しかった。
子供達がしたことが。
とても。
とても。
苦しかった。
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