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立ち上がる 1

シンは震えているだけだった。 シンが殴った爺さんはまだ立ち向かおうとしていた。 足を踏みしめ、誰にも助けて貰えないのなら、と精一杯拳を握りしめ、殴りかかってきたのだ。 シンはそれを嘲笑い、爺さんを引き倒し、蹴り上げ、そして殴ったのだった。 シンは爺さんを笑ったが、シンには立ち向かう勇気すらなかった。 残酷な笑みを浮かべて近づいてくる人たちに、ただ許しを乞うことしかできなかった。 「許してください・・・」 何度も繰り返し、土下座して頭を汚れたアスファルトに擦り付けた。 昔虐められていた頃、学校のトイレで大勢に囲まれて時にしたように。 その後、便器を舐めさせられたそのことさえ思い出しても、それでもそうするしかなかった。 シンは学校にそこから行かなくなったのだった。 自分が何なのかを思い出す。 綺麗に染められた髪も、ジェンダーレスなメイクも、カッコイイと言われる服も、シンではない。その飾り立てたモノの奥にいた本物のシンが引きずり出されていく。 「ユウタ・・・」 それでもシンは泣いて呼んだ。 来るはずなどないのに。 自分をもう一度消し去って欲しくて。 消えたくて。 こんな自分が嫌だから、家を出たはずなのに。 「シーンちゃん、あそぼーぜ」 「どれくらい頑張れる?」 「爺さんの鼻と歯を折ったって?」 「爺さんの敵討ちしないとな」 シンを追ってる連中の中で1番タチが悪い連中だった。 シンをただリンチしたいだけの。 こんなことなら、シンを警察に突き出したい連中か、説教したい連中に捕まればよかった。 シンは心から思った。 「お兄さん・・・お兄さん・・・助けてぇ・・・」 シンはもう死んでしまった優しい人に助けを求めた。 「お兄さんとか泣いてる」 「漏らしてやがる」 「泣いてる」 「ウケる」 爺さんで楽しんでいた時の自分達と同じだった。 殴ってるところを動画にして、それでまた楽しむのだ。 それも昨日の自分達とおなじだった。 泣いてる顔を髪の毛を掴んで引き上げられても、シンは無抵抗だった。 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」 こわれたように繰り返した 自分は。 やはり、何でもないモノで。 ぶち壊され、笑われるだけのモノなのだ。 それを思い出しながら、哀れな生き物として、シンは惨めに泣き、許しを乞う。 死ぬのだろう。 楽しみ過ぎた連中は限度を忘れる。 昨日の自分がそうだったように。 あのお兄さんが止めなければ殺していただろう。 嬉しみながら。 「お兄さん・・・」 シンは目を閉じた。 ここからは終わるのを待つだけ。 しぬだけ。 少しでも、楽に死ねることをねがった。 「お兄さん・・・」 もう一度だけ呼んだ。 殴られる度に熱くて痛いのに、胸が冷えていくあの感覚を待った。 だが、それは来なかった。 代わりに倒れたのは、今まさにシンを殴ろうとした若者だった。 ガツッ 音がして、シンは目を開いた。 シンの目にはスローモーションのようにシンを殴りにきた若い男が倒れるのがみえて。 綺麗なフォームで鼻を撃ち抜いた腕を伸ばしている、その人がみえて。 その殴り方は昨日シンが殴られた殴れ方で。 倒れる男もシンが倒れたように倒れていて。 昨日と違うのは、爺さんが殴られたのとはちがって、シンはまだ殴られていないということで。 昨日シンを殴ったお兄さんが。 あんなにシンを、怒ったお兄さんが。 シンが嫌いになったはずのお兄さんが。 それでもシンをたすけにきてくれたのだということをシンは知った。 「コイツに手を出すな!!」 お兄さんは怒鳴った。 シンを守るために。 生まれて初めて この世界の中で。 シンがなにも渡していないのに。 シンを助けてくれる人が現れた。 しかもシンが悪いのに。 シンは。 その事実を理解しきれてなくて。 でも。 でも。 泣いた。 「お兄さん!!!!」 戻ってきてくれたことが、またシンの前に来てくれたことが。 何よりも嬉しかったのだ。 ゆっくりとシンは倒れていく。 力がぬけてしまって。 「シン、大丈夫か!!」 お兄さんの声は、どんな音楽よりもシンをハイにしたのだった

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