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立ち上がる 3

男はどうやら、丁重にあの不思議な感じのする男を扱う努力はしたようだ。 目覚めた俺の前で、不思議な男、シブサワと名乗った、は男がいれたお茶を驚いた顔のまま飲んでいたからだ。 男は料理はだめだが、お茶はいれられるようになった。 お茶の缶から小さじでお茶を量って急須に入れる様子とかは結構可愛い。 一生懸命なので。 まともなお茶をシブサワに出していると思う。 そこは、ナツが隠れている(出歩いてるからほとんど隠れていないけど)ドクターの隠れ家だった。 俺は目覚めて、シブサワが驚いている理由はすぐ理解した。 俺はシブサワとちゃぶ台を挟んで座った状態で寝ていた。 男の膝に乗せられて、男の胸によりかかって、抱きしめられながら。 男は唸りながら、シブサワを威嚇して、俺を背後から抱きしめ、髪や首筋の匂いを嗅ぐのを止めない。 シブサワが驚くというか、呆れるのは。 まあ、当然だった。 「お兄ちゃん、あんたゲイ?偏見はないつもりだけどさ」 シブサワは率直に聞いてきた。 「違うと思ってたけど、今はどうでもいい。コイツは俺の伴侶だ」 ちゃんと言っておく。 男の唸り声に、甘えが混じってきた。 喜んでる。 よしよし。 頭を撫でておく。 俺とシブサワを担いでこの家まできたのだ。 シンはナツが捕獲、いや、救出してここに運んでる。 部屋の隅で今は心置き無く気絶してる。 男に背後から抱き締められているという姿勢をとらされている人間でも出来る最大限の威厳を持って、シブサワと話をすることにした。 シブサワは。 必要だ。 俺の勘がそう言っている。 ナツもシブサワに警戒している。 が、そこまでではない。 ナツはシブサワを知ってる。 つまり、この街で知られた人間なのだシブサワは。 何らかのパワーを持った人間なのだ。 この男と話をしておく必要がある。 この先、どこかには話を通しておく必要があった。 街で何かをするなら、その街に話を通しておくのほ当然のことだからだ。 これは良い機会かもしれない。 「そのガキを渡してくれないかな。いや、傷付けたりはしない。肉体的にはね。でも。ケジメってもんがあるだろ?シンちゃんが殴った爺さんは、オレ達のトモダチなんだよね。トモダチやられて、見逃すわけにはいかないだろ?」 シブサワは言った。 シブサワはホームレスの支援をしているのだと言った。 この街にいるホームレス達に食事を提供したり、冬は毛布や洋服を提供したり、困り事の相談にのってるんだと。 「ボランティアってとこかな。らしくないけどね。でも本気でやってる。そして、シンちゃんは、オレの旧知の爺さんに手を出した」 シブサワは笑った。 肉食獣の笑顔だった。 仲間を襲ったものを許さない、ボスの顔だった。 この男にとって、あの爺さんは単なるホームレスではないのだ。 この男の保護下にあるホームレスなのだ。 あのホームレスはこの男のホームレスだったのだ。 この男は自分のモノに手を出されるのをどんな形でも許さない。 「ケジメはわかる。でもあんたには渡さない。シンには俺がケジメをつけさせたい」 俺はあえてシブサワの流儀に乗ることにした。 シンは俺の「獲物」で俺が「始末」をつける、と宣言したのだ。 シブサワは眼を細めた、がわらってない。 「それじゃ、こちらはすまないんだよ、お兄ちゃん。多少モノがわかるみたいだけど、それではダメだ。オレの気がすまないんだよ、それじゃ」 シブサワの言葉の意味。 やはりシブサワは王様なのだ。 気がすむようにやってこれた人間。 なんらかの力がある。 「ちゃんとケジメをオレがつけないと、またオレの知り合いのホームレス達がクソガキにやられちまうだろ」 シブサワは、その何らかの力をつかって、その影響下にあるホームレス達を守っているのだ。 シブサワのホームレスである、ということで。 好意をもった。 嫌いになれるわけがない。 この男はおそらく趣味で、趣味だからこそ本気で、ホームレス達を守っているのだ。 だが、シンを渡すのは話が別だ。 「ケジメの付け方はあんたと相談したい。でも、シンを渡すわけにはいかない」 俺も趣味で、本気だからだ。 だが、俺は最終兵器的な、男という存在があるにしても、無力な学生で。 この男シブサワと対等ではないのは分かっている。 「俺がシンの代わりにケジメをつける」 俺は言った。 俺を抱きしめている男が、抗議の唸り声をあげたが、男は俺を止められない。 シブサワは半笑いになる。 「ネットにマヌケな動画を晒しちゃうよ?永久に消えないよ?」 冗談みたいに言っているけど本気だろう。 でも、シンは爺さんを殺してたかもしれないのだ。 それに比べたら優しすぎる罰だ。 「仕方ない。なんでもするよ」 俺は腹を括った。 恥ですむならそれでいい。 消えないデジタルタトゥーでも。 今のシンにそれをさせたところで、シンは本当の意味で反省なんかしないだろう。 だからそれは俺が代わってやる。 俺はシンを助けた以上、シンに責任があるのだ。 「俺が代わるから、シンのケジメは俺に任せてくれ」 俺は後ろで、凄い顔して唸っている男に、締め付けられるように抱きしめられる状態で、できうる限りの丁寧さでお願いした。 だって、男、俺を離そうとしないんだから、仕方ない。 ここは土下座してもいいとこなんだ。 俺の恥で、すむなら安いもんだ。 くれてやるよ。 ぐぉぉぉ ぐふぅぅぅ 男が物凄い目でシブサワを睨んでいる。 でも、シブサワは平然としてる。 もう分かっているのだ。 男は俺が良いというまで絶対にシブサワを攻撃しない、と。 そして、俺はそんなことはさせない、と。 「・・・ナツちゃん」 シブサワは部屋の端で俺たちを黙ってみているナツに声をかけた。 「なんですか、シブサワさん」 ナツが答える。 ナツが丁寧語だ。 「色々大変みたいだし、なんだか動いているのは知ってたけど、このお兄ちゃんがやってるわけね?」 シブサワの問にナツはこたえない。 でもそれが答えで。 「いい男だと思うよ、このお兄ちゃん。オレはね。いいんじゃない、やってみたら。オレは構わないよ」 シブサワは俺を見てニコリと笑った。 それは、不良少年の無邪気な微笑で。 やはり俺はこの男は好きだな、と思ってしまったのだ。 「ありがとうございます・・・またいずれ、お礼に」 ナツが言いかけるのをシブサワは手を振って止めた。 「ケジメについてはまた、話をしようや、お兄ちゃん。だけどオレからケジメは取らせないし、シンを追ってる連中からも手を引かせておくよ」 シブサワは俺に言った。 「ありがとうございます。で、俺の動画は?」 俺は聞く。 覚悟は決まってる。 なんでもしてやる、なんならノリノリでな。 男が唸りまくってるけど、なんならお前も一緒に出るんだよ。 伴侶だからな、一蓮托生ってやつだ。 腹くくれ。 そう俺が勝手に決めたときだった。 「あんたみないなヤツには罰にはならないからもういいよ。貸しにもしないよ、これはかなり特別なことだよ、お兄ちゃん。オレは金貸しなのにな。仕方ない」 シブサワはため息をついた。 俺は思わず笑った。 なんだか、このシブサワという男が好きになっていた。 シブサワもつられたように笑った。 男だけがなんだかめちゃくちゃ怒って、俺の背後から炎を燃やしているようだった。 そして、俺は思いついた。 いや、考えていたことを実現する方法を。 「・・・ボランティアとかケジメとか、色々全部まとめた話なんだけど・・・」 俺はシブサワに向かってある考えを話し始めた。 俺は。 この人を巻き込みたい、そう思っていたからだ。

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