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立ち上がる 5
シンはそっとお兄さんの側にいく。
お兄さんはスウスウ寝息を立てて寝てる。
身体の燃えた化け物は、お兄さんから頼まれたことがあるらしく、物凄く嫌そうにお兄さんから離れてどこかへ行った。
離れたくなさそうだっだ。
その気持ちはわかった。
今は目付きの悪い女の人も、どうやらお兄さんと同じ年だった内藤くんも、なんだかわかんないヒステリーを起こしている人も。
みんないなくなった。
シブサワさんもいたっけ。
アノ人は怖い人だ。
でも、良い人だ。
でも、怒らせてはいけない人だ。
街の飲み屋や風俗店は、銀行などが金を貸してくれない時、あの人を頼る。
だから街での発言権が強い。
急な金を用立ててくれるのはシブサワさんだけだからだ。
金を返さないと怖いけど。
祭りとか言ってた。
シンの住んでた田舎の町にも祭りはあった。
祭りをシンも好きだった。
お兄さんは祭りをするって言ってた。
祭りだなんて、しようと思ってできるものなんだ?
シンにはわからない。
シンは何かをしたことがない。
この街ににげてきたこと以外は。
それも、ユウタに言われた通りにした結果だった。
この街へ田舎から出てきた時は、帰らないなんてとこまで決めてなかった。
ユウタが優しくしてくれて、セックスを教えてくれて、身体を売るまではすぐで。
そこからは、帰る意志を失っただけで。
毎日時間を溶かして。
セックスと酒と咳止め薬が全ての不安を溶かして。
時間は消えて。
将来とかも消えて。
ただ笑って騒いでいたのだった。
年取ったホームレスを殴ってる時も何も考えて居なかった。
それが悪いことだとも。
シンは寝ているお兄さんを見てまた泣いた。
助けに来てくれた人。
自分のために殴られてくれた人。
「自分で立ち上がれ」そう言ってくれた人。
あまく霞んだモヤの中にシンはいた。
ユウタが編んでくれて繭の中に。
そこでは全てを忘れられた。
いつかは大人になるのだということも。
子供である身体だから高く売れているのだということも。
使い捨てられるまでもうすこしだということも。
何も考えなくても良かった。
考えたところで、どうせマトモな人生などないとシンももう知っていたからだ
いなくなったカナが言ってた。
「あたしやユウタはいつたって戻れるんだからね」
そう、戻れる人間は僅か。
シン達は、身体を売ってた子供でしかなく、普通の生活をしていた子供達と同じ場所には行けなくなってしまっている。
シンは。
中学レベルの学力も怪しいのだ。
カナは偉そうに、冷たく、シンにいった。
「あんた達は若さ以外はなにもなくて、それももう少しで終わるんだから」
カナは今年でこんなことはやめて、大学生になるんだと言っていた。
そんなことを言っていたのはカナくらいで。
みんなみんな、ただ時間を溶かしていただけだった。
若さと引き換えにお金を作りながら。
「自分で立て」
お兄さんは言ってくれた。
シンにも何か出来るだろうか。
あの通りには大人になったらいれない。
違う通りで身体をもっと安い値段で売れなくなるまで売ることになる未来はシンにだって見えていた。
あの連中に囲まれた時だって、自分が殴り殺される未来をだって見えてた。
怯えて震えて泣きながら、でも、仕方ないともおもってた。
何も出来ないんだから、と。
「お兄さん・・・」
シンはお兄さんを見下ろす。
あの男が丁寧にそっと寝かせた布団の上で、お兄さんはむにゃむにゃと何かを言って、寝がえりを打つ。
それに胸が締め付けられた。
眠ってる姿だけで切なかった。
ユウタに感じたものとは違った。
支配され、頭を痺れさせて、何も考えなくなって、楽しいことだけで満ちるあの感覚とは。
「オレ・・・オレ・・・」
シンは泣いた。
まだわからない。
分かって無い。
あの爺さんを殴ったことの本当の悪さなんて。
ただ、爺さんも自分も同じなんだということは分かってきた。
同じように狩られるモノでそれがどんなモノなのかは。
でも、でも、そういうのじゃなくて。
「オレ、ちゃんとしたい・・・」
シンは心の底から願った。
「あんたにちゃんとしてるって、思ってもらいたい」
シンは心から言った。
この人に会って恥ずかしくないようになりたい。
この人みたいになれなくても。
この人にはちゃんとした人間になってるんだとみせたい。
シンは泣いた。
好きなのだ、と思った。
ユウタへの好きとは違って、セックスとかそんなのしなくてもいい好き。
「お兄さん・・・」
シンは涙が止まらなかった。
わからないけど。
ちゃんとしたかった。
したい。
わからないけど。
「そいつは誰のモノにもならねぇからな」
地獄の底から響いてくるような声がするまで、シンはお兄さんの隣りで正座したままその寝顔を見つめて、泣き続けていたのだった。
背後に突然生えてきたように、燃える化け物がシンに覆い被さるようにして、半分燃えている顔でシンをのぞき込み、恐怖で息が止まるまでは。
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