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祭り 11
ナツは子供達を車に載せた。
この大きめの6人乗りの四輪駆動の車は、ナツのために用意されたものだ。
彼の頼みで、あの忌々しい男がナツに用意した。
ナツの新しい仕事道具になるだろう。
子供達は6人だが、まあなんとか乗れる。
少女達は明らかに中絶が出来る時期はとっくに過ぎていた。
だが、生きている
それがナツには1番大切なことだった。
生きて、逃げる。
そこから始まるのだから。
少女が少女を。少年が少女を。少年が少年を。
支え合うように車に乗り込むのをみて、ナツはそれでも安堵した。
子供たちには。
少なくとも。
互いはいたのだ。
彼らは。
助けあって生きていたのだ。
「大丈夫さ。今日1日ちゃんと逃げればあたしの勝ちだ、そうだろ?」
ナツは気に入らない男にそう言った。
思ったとおり、ナツにさえ気配を感じさせず、男はいつの間にかナツの隣りに立っていた。
「あたし達が逃げてる間に彼やあんた達が組織を潰してくれたらいい。・・・ユウタは彼に任せる。そう彼にも言っただろ?あたしは子供たちと今日1日だけ逃げ切ればいい」
ナツは信じていた。
彼はそうする。
この男もいる。
だから大丈夫。
ユウタは彼に任せる。
それでいい。
本当はこの手で殺さないまでも、苦しめぬくつもりだったけどいい。
ユウタも彼に捧げる。
これは。
彼への恩返しだからだ。
「もう、会わないつもりなんだな」
男が言った。
ほら、この男は実によく見ている。
苛つくほどに見ている。
良く見なければ死んでいたからだ。
そんな奴に。
彼を。
ナツには腹立たしい。
だが。
「2度と会わない。子供たちのことは心配ないと言っておいて。あたしが責任を持つ。子供たちだけじゃない、お腹の中の子供たちもね」
ナツは断言した。
本来は子供を持つことが出来ない連中が、非合法な手を使ってでも得ようとした子供たちが、少女の腹の中にいる。
どういう意図でこの世界に生み出されようとしているのかはわからない。
だけど、そんな連中にわたすつもりなど、ナツにはない。
「大丈夫、みんなあたしみたいなことにはならないさ。あたしと違ってこの子達は誰も殺しちゃいない。大丈夫」
ナツは子供たちに責任をとるつもりだ。
助けた以上は、責任がある。
全員。
ナツの子供だ。
まだ産まれていない赤ん坊も含めて。
「彼に伝えて。あたしを信じて任せてって。そして、ありがとうって」
ナツは男に託した。
気に入らない男だ。
それでも、彼が選んだ男だ。
「・・・あんたは犬とは似ても似つかない」
ナツは断言する。
この男が彼の犬をライバル視しているのを知った上で。
男が牙を剥いて唸る。
この男は犬になりかわりたくて仕方ないのだ。
なんて愚かな。
だけど、いい、今はいい、そんな話じゃない。
「彼は誰だって助けてしまう。走って手を伸ばす。いつだってどんな時だって。あの人は光だ。眩しくて綺麗な光だ。だから焦がれてしまう、いや自分を焦がしてしまう、だからあたしは、彼には会えない。傍になどいられない。それに。彼は願えない。自分から離れようとする人間を無理やり引き止めたりなんか出来ない。人の意志をねじ曲げてまで、その人間を自分に縛り付けようなんて真似、彼が出来るはずがない」
だから、ナツは二度と彼に会うつもりはなかった。
彼に会うには汚れすぎた。
実の父親を殺しただけでも十分なのに。
さらに色々重ねたから。
でも、ナツは今の自分に満足してる。
でも、彼といたら、自分がしてきたことが自分を責めるのはもう分かっていた。
彼はとても綺麗で。
今でも、ナツを思ってくれているから。
それはもう恋ではなくても。
ああ。
もしも父親が壊れていなければ?
普通の少女として彼に出会っていたら?
こんな男に彼の隣りを譲るようなことはなかっただろう。
それは。
もしも、の世界の話で。
そんなことはもう無意味で。
だからナツは二度と彼に会わない。
恋じゃなくても。
ナツは彼を愛している。
「あんただけは。どんなに自分の身を焼いても彼を諦めないんだろ?」
ナツは怒りに目を燃やす男に言った。
羨ましかった。
だから怖さはなかった。
妬ましかった。
そこまで浅ましくなれることが。
この男はナツより汚いことを重ねてきてる。
それは彼といたなら、男を焼くはずだ。
彼はとても綺麗で残酷だから。
焼いて焼いて、焼き尽くすだろう。
我が身の醜さに耐えられなくなるはずだ。
あんな人とずっといられるのは、家族か、同じ位綺麗な人間か。
それとも、とんでもないマゾヒストだけだ。
我が身の汚さに焼かれ続けることに耐えられる。
そう。
この男はそれを選んでまで、彼の傍にいる。
いるのだ。
いられるのだ。
彼の光に焼かれながらも。
「俺はアイツから離れない」
男の唸りは、宣言だった。
だから。
だから。
ナツは笑った。
「あんたはあの犬には及ばない。でも・・・彼はあんたを選んだ。そこは犬と同じだね。死ぬまで傍にいるんだね。あたしをどんなに好きでも、あたしを追わなかった彼が、傍に置くと決めたのは、あんたと犬だけだからね」
ナツはまた逃げる。
彼の光には耐えられない。
ナツには無理だ。
だからだから。
「捕まえて離さないで。彼は危うい」
ナツは願った。
「彼は強くて。とても弱い」
この男にしか願えなかった。
誰かのために自分のすべてを簡単にかけてしまえる彼を。
繋ぎ止めて欲しかった。
この世界には。
彼が必要なのだ。
ナツは彼がくれた光を抱えて生きている。
今日助けた子供たちにもそれを分けることが出来るだろう。
それは彼がいてくれたからこそだ。
「お前なんぞに言われるまでもねぇ」
男は吐き捨てるように言った。
お互い好きにはなれないことは変わりない。
有難いことに、二度と会うことはないだろう。
ナツは肩を竦めて、車に乗り込んだ。
もう、連中がやってくる。
さあ、逃げる。
逃げ延びて見せる。
ナツはエンジンをかけ、ハンドルを握った。
だけど、アクセルを踏み込んで車を走らせる前に、窓を半分開けて外に立つ男に言った。
「あたしのことが大好きだった13歳の彼。最高に可愛かったよ」
言った瞬間にアクセルを踏み込んだけど、間に合わす、半分開けた窓ガラスが砕けちった。
男の拳が砕いたのだ、
でも車は猛スピードで発車した。
嫉妬に怒り狂う獣の声が聞こえたが、流石においつけないだろう。
ナツは笑った。
なんとか、ナツの顔に拳を当てられることからは逃れられたからだ。
後部座席と助手席にのせた子供たちが怯えていたが、ナツは楽しくて仕方なかった。
嫌がらせの1つくらい。
いいじゃないか。
ナツは。
恋した少年を遠いあの日にあきらめなければならなかったのだから。
「ああ、可愛かったね、あんた」
ナツは自分の中の永遠の少年に呼びかけた。
あの街の。
言葉を交わすことさえなかった、犬を連れたあの少年。
ナツをどこにいたって見つけ出してくれた。
あの少年はナツだけのものだ。
「さよなら」
ナツは呟いた。
本人に告げることはできなかったから。
ナツだけの少年。
初恋は。
甘くて。
苦い。
ナツは。
その後、彼に会うことは二度となかった。
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