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対決 3

俺が駆け上がった小さなビルの屋上に、その1人はいた。 ドクターの読みはばっちりだ。 さすが人の心を読み取る詐欺師!! 褒めてないぞ!! 30近い女性だった。 虚ろな目をして、手すりのない屋上のへりから街を見下ろしていた。 屋上に飛び込んできた俺を見てもその表情は変わらなかった。 何も見えてない目 悲しみも怒りもなかった。 喜びも。 罪もない沢山の人を殺そうとしている人間の目とはこういうものなのか? 俺はそれでも叫ぶしかなかった。 「俺はアンタが何をしたのか知っている。今なら止めれる。アンタが装置をどこに隠したのか教えてほしい」 俺は率直に言うしかなかった。 「今なら止められる。教えて欲しい」 言ってくれないなら、身柄を拘束して最終的にはドクター投入だ。 ドクターにかかればホントのことを言うしかない。 だが、時間もあまりなく。 何より。 自分で止めてほしかった。 俺はこの作戦に疑問を持った。 人を殺そうとさせることは、その人たちの心に傷をおわせるんじゃないかと。 「装置が作動しなかったなら、連中はそれを望んでなかったんだと思い込むから、気にすることはない」 そう言ってドクターは俺をバカにしたみたいに笑った。 引き金を引いて弾がでなかったみたいなことは日常的によくあって、たまたま殺さなかっただけなのに、人間は「殺さなかった」のは自分の意志だと思い込んでるだけだ、と。 でも。 俺は。 自分の意志で止めてほしいと思った。 テロリストになんかならないと、自分で思ってほしいと。 これはそのチャンスでもあった。 「・・・・・・人を殺したら苦しめると思う?何も感じないの、何も何も・・・、何かを感じられると思ったのにね、もう何もないの。なあんにもないの」 女の人は諦めたように言った。 「何かを感じられた頃もあったのにね。なにされたって今じゃなーんにも。テロリストになれって言われても、初めは驚いてだめじゃないかと思って、でも装置を置いて見てもわかったの。何とも思ってないんだって」 女の人は虚ろに笑った。 「その女、確保しろ。オレが吐かせる」 会話を俺の携帯からモニターしていたドクターが言った。 「すぐに取り抑えろ、死ぬつもりだ。死ぬのは全く構わないが、装置の場所を聞き出す前に死なれるのは困る!!」 ドクターのドクターらしい最低な言葉を聞きながら俺は彼女に近寄る。 ダメだ。 死なせない。 人を殺したんだと思って死ぬなんて絶対にダメだ。 殺さないと。 殺したりなんかしないと。 それを選んで生きてほしい。 でも彼女は屋上のへりに足をかけていた。 死への期待すらない目が、恐怖すらなく地上を見つめている。 ダメだ。 こんな目で死なせてはいけない。 この人は生きてすらいない。 「止めろ。その先にはなにもない」 俺は言った。 死んだなら終焉さえない。 そこで静止するだけだ。 最悪な場所で永遠に停止するだけだ。 最悪なままなだけだ。 「生きてた先にだって何もない!!」 切ない声。 俺は苦しくなった。 本当にそう思っているのだ。 ダメだ。 ダメだ。 このまま死なせるなんてダメだ。 そんな寂しいのはダメだ 1人ぼっちで死なせるなんてダメだ。 そんなの。 悲しすぎる 彼女が飛び降りた時、俺は宙に飛び出した。 彼女を捕まえた。 彼女は驚いたように目を見開いた。 彼女の目に俺が見えた。 彼女は今、何かを見ていた。 それは確かで。 でも俺も彼女も足元には何もなく。 すぐに落下が始まった

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