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対決 8

ユウタのいる場所は分かってた。 男がモニターしていたからだ。 「街」が今血眼になってユウタを探している。 シブサワさん達にタレコメば1発でユウタを捕まえてくれて。 街なりのやり方でユウタを処分するだろう。 「殺さない」とは言っていたけれど、その人を誑かす舌を封じて美しい身体をどうされるかなんて、大体決まっている。 シブサワさんも俺よりすこし向こうにいるだけの人なので、ユウタについて責任を持つことはない。 街は今、ユウタよりも先に人身売買をしていた半グレ達の始末を初めているだろう。 自分達の商売を危険に晒したからだ。 人を食い物にしていたとしても、それにはそれなりの手順を踏んでいかなければならないのだ。 半グレ達のやり方は、街のルールには違反していた。 ヤクザ、外国系、売春組織、そして、別の半グレ組織。 ルールに違反しているが故に、たっぷり儲けていた連中を許すはずがなかった。 彼らはユウタと違って生かしていても旨味はないだろうから・・・。 悪いけど、同情なんかなかった。 そちら側で生きるというのはそういうことだ。 俺の幼なじみ達にもそちらへ行ったヤツもいる。 そっちへ言った段階で、もう死んでいると思っている。 向こう側に行ったなら闇に蠢き互いに喰らい合うものなのだ。 子供たちはナツが逃がした。 ナツが子供たちについては責任を持つと言ってるなら、子供たちは大丈夫。 警察に保護されたところで、子供たちを本当の意味で助けてくれるかはわからない。 虐待している家族の元へ送り返す可能性もある。 でもナツなら。 ナツなら。 子供たちにこの世界での生き方を教えてくれるし、子供たちを守るだろう。 俺はゆっくりとそのビルの階段を登っていく。 屋上への扉を開けた。 そこは。 動画で少年をユウタが犯しながら殺した場所だった。 もう19時過ぎ。 落ちた陽の代わりにネオンが街を彩り初めていて、その屋上にも色とりどりの光が落ちてきていた。 そこに、黒いワンピースを着た美しい女がいた。 落ちてくる光を浴びて。 柔らかい水のような光を浴びて輝くように。 女じゃない。 女装したユウタだ。 腐り果てた精神とは裏腹に、腐肉のような中身を包む、その皮は信じられない程美しかった。 「やあ、ユウタ」 俺は呼びかけた。 ユウタは俺を見て、美しく笑った。 聖母のように清らかな笑顔だった。 何も知らない人なら、聖母のように崇めたくなるような。 でもこんなものただの皮膚と骨が作り出した造形でしかない。 「君だったんだね」 ユウタの声は平然としていた。 「終わりだよ」 俺はゲームの終了を告げた。 俺の勝ちだった。 子供たちはユウタから解き放たれ、再び繋ぐこともユウタには出来ないだろう。 子供たちが地車を引く声はここまで聞こえた。 神を捨てた子供たちの声。 このビルの下にはシブサワさん達が待っている。 ユウタは捕らえられ、引き渡される。 「そうだね」 ユウタはルージュに彩られた唇を美しく吊り上げた。 美しかった。 コイツには何もないのに。 人に不幸を与える以外何もないのに美しかった。 この少年が幸せだったことはあるのだろうか。 人を不幸にすることを楽しむだけだったこの少年に。 「オレを憐れに思ってる?バカだね。まあ、そんなバカだから、あのクズ達を救いにきたんだね」 ユウタが馬鹿にするように言った。 「アイツらは、そうなってたかもしれない俺だ」 俺は誰かを救おうなんて思っちゃいない。 俺には強い両親がいた。 気にかけてくれる大人達がいた。 愛された。 家族や街の人達に。 そして、俺の傍には常に俺を愛する犬がいた。 もしもそれらがなければ? 咳止め薬と酒に溺れて、街をさ迷って、野垂れ死にしていたのは俺だったのかもしれない。 俺は俺に手を差し伸べただけだ。 だれも居なかったらそうなっていた俺に。 「偽善者」 ユウタが嘲笑うがそんなもの気にすることはない。 「何しにきたの?オレの毒ガスまで止めたくせに」 ユウタは不思議そうに言った。 「お前を負かすためにきた」 俺は言った。 俺は勝たなければならなかった。 この美しく腐り果てた魂と向き合って、それを乗り越えなければいけなかった。 「なんでお前はそんなにも醜い?」 俺は尋ねた。 ユウタが何なのかを俺は知らなければならなかった。 この闇は姿を変えてまた俺の元へやってくる。 俺が「街」に生きる限り。 この闇はあちこちの街に存在し、消し去ることは出来ないのだ。 ユウタは笑った。 美しくて醜い顔で。 「オレがこんな風に最初から生まれたと?」 その言葉を理解する。 ユウタについてはドクターが調べた。 割と良い家の子だった。 カナに言っていた言葉は嘘じゃなく、いつでも街から抜け出して、大学生にでも何でも戻れたのだ。 だがそうなった。 闇を愛して闇と同化した理由。 それは確かにあるだろう。 ユウタにも「理由」はあるのだ。 だが。 それは。 子供たちを地獄へ引きずり込む理由にはならない。 ならないんだ。 「お前は呪いそのものになってしまった。お前をそうした何かがあったとしても、お前はあまりにも呪いとして機能し続けた。そのままにはもう出来ないんだ」 俺はユウタに言った。 「お前にどんな権限が?お前は神か?」 ユウタの言葉を受け止める。 そうだ。 警察や裁判所の仕事だと人はいうだろう。 でも、そう言う人は目の前にいる子供たちのことは自分とは関係のないことだと思っているだろう。 俺には他人事じゃない。 そして俺は、いや、俺達は警察をどうしても信じられ ない。 助けられないまま消えていくひとたちを知っているからだ。 目の前に溺れるてる人がいるから、助けを求めに行くより先に、助ける為に飛び込んだだけだ。 確かにどちらも溺れるかもしれない、賢くはない方法だとしても。 「お前に子供たちをわたす位なら、神だろうがなんだろうがにそれになってやるよ、お前だけは気に入らねぇ!!」 俺はユウタに歯を剥いた。 コイツが気に入らない。 それだけでも十分、喧嘩する理由にはなるんだよ、下町ではね。 ソイツが弱い者なら、それは恥ずべきことだけど、ユウタは沢山殺したのだ。 コイツを殴ったところで何の問題もない。 「どんな揺さぶりも聞かないタイプってのはいるよね。オレがターゲットにするのを諦めるタイプだよ、君は」 ユウタは笑った。 おかしい。 まだ余裕がある。 ユウタは悪人だけど、こんなに諦めのいいタイプではないはずだ。 大人しく俺に殴られ、引き渡されるのを待つはずがない。 毒ガスが時間に発生しなかった段階で失敗は分かっているだろうに。 自分が嵌められたことも。 何だこの余裕は。 俺の中で警戒音か鳴る。 何かある。 まだ何かある。 「アイツらはオレのものなんだよ。なぁ?」 ユウタは笑った。 子供たちを見下ろしながら。 それを見てわかった。 まだ何かがある。 あるんだ!! そして子供たちは地車の回りや上で踊っている。 俺は理解した。 「ドクター!!子供たちを地車から離すんだ!!」 俺は繋がったままの携帯のインカムで怒鳴った。 そして、ユウタを置いてビルを駆け下りる。 ガスはない、そんなに何個も用意できない。 でも、何かをそこに仕掛けているんだ、ユウタは。 「地車に何かを仕掛けている!!」 俺は怒鳴った。 何を?そしてそれはどれくらいで発動する? ユウタが笑う声が聞こえた。 が、それどころではなかった。

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