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第10話《序章》魔王が目覚める日⑩
……なぜ?
(俺が『なぜ』だと思ったのか?)
触れられた手を心地よいと。
触れた体温をあたたかいと。
(だから、この手を)
「恐れながら」
(離したくない……と)
「腕を見せて頂きますね」
振り払えないのは、なぜだ?
……そう考えたのか。
この手だけが払えない。
振り払わなければ、この男はやがて最前線に送られる。
(だから、この手を振り払わなければならない)
彼を守れるのは、俺だけだから……
「殿下?」
違うだろう。
(この男を殺せるのは、俺だけだ)
だから、この手を俺は握る。
(お前の命、俺が貰ったぞ)
「痛みますか」
ここは盤上。
俺の『生』を賭けた戦場という名の碁盤の上だ。
もう遅い。
この男は直に死ぬ。俺に関わったせいで、シモンに戦場の最前線に送られる。
(ならば、その命。俺が貰う)
「……お前を殺せるのは、俺だけだ」
「えっ」
痛まない。
ここは戦場なのだから。痛みを感じる前に、次の一手を打つ。
「殿下、いま何と……」
「何も言っていませんが」
「いえ。失礼いたしました」
躊躇した手を握り返した。
この手はもう、離さない。
「薬を頂けませんか」
「薬、ですか?」
「やはり少し痛みます。痛み止めを頂きたいのですが、薬は厳重に管理されています。本国の兵士の方のIDが必要です」
「かしこまりました。取って参ります」
「ありがとうございます」
賽 は投げられた。
後戻りはできない。
モニターで、この部屋を奴が監視していようが関係ない。
しかし、このコードを聞かれては厄介だ。
(いくら無能な男とはいえ、今後の戦略に支障が出る)
「パスは……」
大音響が司令室に轟いた。
噴き上がった土煙でモニターが真っ黒になる。Rf2ブロックが《ガニメデ》レーザー砲の爆撃を受けたのだ。
(今しかない)
最高のタイミングだ。
「Jwvep/640c8-2」
誰にも聞こえていない。
聞こえたのは……
「Yes, your Highness 」
目の前のこの男だけだ。
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