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第27話《Ⅰ章》傾城の悪魔⑰
一発の銃声
音は虚空に駈けた。
風が硝煙をさらう。
凶弾は放たれた。
しかし……
(どこも痛くない)
俺は立っているし、銃弾は体を貫いていない。
……バタンッ
影が落ちて埃が舞った。
誰もが動けずにいる。銃声が破った空隙に声さえ出せずにいた。
ツッ、ツツツウーッ
『何をしているッ?私は発砲を許可していないぞ』
通信回線からシモンの声が鳴り響く。
シモンの命令はなかった。
独断で……
(帝国兵士が発砲した)
しかも。
(撃った相手は帝国兵)
同士討ち!
男の手から青白い硝煙が揺れている。
目の前で突如起きた出来事に理解が追いつかない。
ツッ
『誰でもいい。状況を報告しろ。殿下はご無事なのか』
「報告しまっ」
パンッ
ズルリと膝から落ちた影が倒れる。また撃った。帝国兵が帝国兵を撃っている。
「捕らえろ!殺しても構わん!」
部隊長と思 しき男が号令する。がっ。
パンパンッ
二発の銃声が鳴ったと同時に、二人の兵士が倒れた。部隊長の指示を聞く部下はいない。
「裏切り者がァッ!」
構えた銃が火を噴く。
だが瞬時に距離を詰めた男に銃弾が当たらない。足元を掠めた隙に、男が走る。腕を取った刹那に二発目の銃声が空にこだました。
銃が地面に落ちた。
腕を絡め、足を伸ばして蹴り上げる。部隊長の体が地面に倒れた一瞬。
押さえ付けた膝が気道を塞いだ。
(体術!)
地面に崩れた部隊長が動かない。
何者だ?
精鋭兵にしても群を抜いている。
目深に被った軍帽の下の視線が俺に流れた。
青い目
夜明け前の紺碧の瞳の色
(しまった)
一瞬、瞳の色に見とれた僅かな時間に男の姿を見失う。
どこだ?どこに行った?
ハッとして息を飲んだ。
男は目の前にいる。
背後は絶壁。退がれない。間合いは男のものだ。
(とられるッ)
部隊長を捕らえた体術で、俺も……
腕が俺に伸びる。避けられない。
「……よく頑張りましたね」
風向きが変わった。
硝煙に混じって鼻孔をくすぐった香りは、沈丁花……
(俺は……)
この男を知っている。
(この声)
(この香り……)
彼は司令室で俺の手当てをし、薬のコードだと偽って騙した兵士だ。
不意に吹き荒れた強風が軍帽を、天高く、空の彼方へ飛ばした。
海の潮風と沈丁花の花の香りが混ざり合って、俺を包む。
男の屈強な両腕に、俺は抱かれている。
沈丁花の香りが深くなった。
赤みを帯びた髪が空になびいている。
「帝国宰相・瑠月 がお迎えに上がりましたよ」
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