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第28話《Ⅱ章》月輪と太陽①
なぜ、この男が……
宰相といえば、文官の頂上。
政府の最高責任者だ。
そんな男がなぜ……
(軍人、それも一般兵になって辺境の……)
アマクサ砦にいる?
帝国宰相・瑠月
「身構えないでください。初対面ではないでしょう」
「宰相閣下とは初対面の筈ですが?」
「つれないですね。瑠月とお呼びください。皇太子殿下」
「話をすり替えないで頂きたい」
なぜ。
漆黒の瞳が厚い胸板越しに、男の紺碧の双眼を見据える。
「ここにいるのです?」
風が流れた。潮の香りに赤い髪が空へ舞い上がる。
「帝国宰相をまんまと騙した『傾城の悪魔』に、もう一度会いたくなったのですよ」
ゆっくりと形よい唇が跳ねた。
「したたかで可愛い悪魔だ」
「ならば、傾城の悪魔が警告する。この手をどけろ。悪魔に骨の髄まで喰われたくなかったらな」
「それは夜の閨へのお誘いですか」
「抱いてほしいか?宰相閣下」
「光栄です。ですが、私を抱くには殿下では少々役不足かと」
「言ってくれる」
「私を骨抜きにして下さっても構いません。しかし、それはこの窮地を脱してから」
階下で爆発音が轟いた。
黒い煙が昇ってくる。
ビクンッと震えた体を両腕が包んだ。
「大丈夫。私のトラップです。増援を足止めしています」
やはり増援部隊が迫って来ていたか。
「ご安心ください。殿下は私がお守りします」
「卿 の手勢は?」
「ゼロです」
「話にならん」
「ここへ向かっている部隊はいるのですが」
「間に合わんな」
「ですが……」
胸の中で、手首を引かれた。強く。
「あなたと私が手を組めば勝てます」
胸板に倒れ込む。
「私は百万の軍勢に匹敵します」
耳元で吐息が囁いた。熱い。
トクン、トクン、鼓膜を震わせる心臓の音が俺の鼓動を穿つ。
「あなたは今、百万の軍勢を手に入れた。勝てる戦を放棄しますか」
「ずいぶんと高く売るのだな?」
「買って頂けるのなら、殿下にはお安くします」
「報奨か。なんだ?……と言いたいところだが、俺は形だけの皇子だ。人質に力はない」
「いえ。殿下にしか叶えて頂くことのできない願いです」
この男、文官ではないのか。
帝国宰相・瑠月
この男を得た事が吉と出るか、凶と出るか……
…………フッ
今更、迷ってどうする。
(駒は駒として使えばいい)
いざとなれば、この男を盾にして……
(帝国宰相の身分だ。飲まざるを得まい。シモンも、烈国も)
宰相を人質にして、
「『私を人質にして交渉を』……なんて考えないでくださいね」
「えっ」
「私にそんな力はありません。あなたと同じですよ」
吹きなびいた赤い髪の下で、紺碧の瞳が笑った。
「ですので、私をもっと信用してください」
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