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第56話《Ⅱ章》斜陽⑨
砂の大地に光が斜に射した。
影が深く頬をえぐる。
少し前まで声を聞いていた。
数時間前まで顔を見ていた。
アマクサ砦で冷酷な眼で俺を見下ろしていた。
(それが、あの男……)
アマクサの最高権力者で、傲慢な支配者、ユーゴ・シモン。
頬は痩せ、乾いた唇が絶え間なく荒い呼吸を紡いでいる。
影の落ちた顔はますます青ざめて、真っ白に血の気が失せている。
面影は何もない。
横暴で横柄で傲慢な面影は、もう……
支配者たる凛然とした空気すら、何も感じない。
彼は、ただの人だ。
命はもう長くない。
「シモン」
「殿下」
名前を呼び合ったのは、ほぼ同時だった。
風が前髪をさらった。
カチリ
手元の拳銃が揺れる。銃口は俺に向けられている。
兵士がシモンを取り囲んだ。
背後でトリガーに指を掛ける硬質な音が響いた。
瑠月が拳銃を構えている。
威嚇だ。
シモンが撃ったところで《クロノス》に銃弾は届かない。
しかし、瑠月は俺を守ると……確固たる意志を銃を構える事で伝えている。
錆びついた香りが夕焼けに溶ける。
オレンジの空は、燃える火のようでもあり、甘美に溶けたドロップのようでもあった。
「全て、あなたの計略だったのですか」
男の声は静かだった。
「そうだ」
「輝夜様っ」
背中で瑠月の気配がざわめいたのを感じた。
小さく首を横に振る。瑠月にしか分からないように。
(いいんだ)
蛟の暴走は想定外だった。
だが、俺の計画がなければ蛟は目覚めなかった。
(シモンを死へ追いやったのは、俺だ)
これは贖罪ではない。
ただの現実だ。
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