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第58話《Ⅱ章》斜陽⑪

 赤い斜陽が砂に落ちる。  シモンの命は残りわずかであろう。陽が沈むまで待ってくれないかも知れない。  これは、俺が導いた結末だ。  だから俺が最後まで見なくてはならない。  怒り、恨み、何をぶつけられようとも。  荒い呼吸を紡ぐ唇が微かに動いた。 「……なた……はっ……」  風が止む。  まるで声を、俺に届けようとするかのように。 「あ……なたは……」  お前は、俺を弄んだ。  けれど命を奪われるまでの酷い事をしただろうか。 「あなた……は、やっと自分から……求めたのですね」 (なにを?) 「金も要らぬ。地位も……名誉も興味ない。土地を渡そうとも、あなたはなびかない。……なにが欲しいのか、まるで分からない。だから、私はあなたを……信用できた」 (この男は、何を言っている?) 「金になびく人間は、より多く金が手に入るなら……金で裏切る。地位も、名誉も、同じだ……高い地位を約束されれば……簡単に裏切る。……私が、祖国を裏切ったように」 「シモンっ」 「だが、あなたは金も地位も名誉も……興味ない。そんなあなたが……ようやく望んだのが、私の命ならば……」 「違うッ」 (俺は、お前の命など望んでない) 「………………良かった……と、思う…………」  俺は、お前の命を奪うつもりじゃなかった。  死なせるつもりじゃなかった…… (違う)  俺はこんな結末を望んでない。  今でもお前を助けたいと思っている。叶う事ならば……  なのに。  秒針は刻一刻と命を削る。 「やっと、私はあなたに……喜びを与えられたようだ……」  怒りを、恨みを、憎しみをぶつけられた方が、どんなに楽だろう。  俺は、お前を愛していない。  愛した事は、一度もない。  だからこそ、苦しい。  もう二度と愛する事はない。  愛情も憐憫もないくせに、どうしてそんな事を言うんだ。  もう……なにも言うな。  握りしめた拳が、ただ震えていた。 「ありがとう」  俺は笑っているのか?  それとも泣いているのか? 「私は、あなたを…………」  シモンが手を広げた。  大きく。  俺を、抱きしめるように。  遠く、遠くにいる届かない俺を胸に抱(いだ)くように……  パンッ  刹那。  斜陽の影に乾いた銃声が鳴った。

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