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第60話《Ⅱ》斜陽13
左手にあたたかな温もりを感じた。
重い瞼を開けると、白い天井が見える。
「俺は……」
掠れた声が喉の奥から零れ落ちた。
「どれくらい眠っていた……」
部屋の明かりは付いていない。
外からの僅かな残光が窓から差し込んでいる。日が沈んで間もないのだろうか。
「輝夜様っ」
声が胸の奥に染み込んだ。
彼は俺の手をずっと握ってくれていたのか。目覚めるまで、ずっと……
「瑠月……」
「お体は?どこか痛むところはありませんか」
「大丈夫」
すまないな、と……
小さく詫びた。瑠月に心配をかけてしまった。
「輝夜様、まだ寝ていてください」
「大丈夫」
これはきっと、自分に言い聞かせた言葉。
(怖いんだ)
このままベッドで寝ていたら、死の淵へ引き摺り込まれそうで……
「ではこれで、よろしいですか」
「あっ」
小さく声を上げた。
「体重を預けて……私にもたれてください」
背中に瑠月がいる。
「輝夜様のベッドに座るのは、おこがましい事ですが」
「そんな事を思うな」
寧ろ、背中の温もりに安心している。
俺は、まだ……
「輝夜様」
引力が俺を引き寄せた。
「こんな事を言うと笑われるかも知れませんが、怖いんです……」
うなじに瑠月の髪が触れた。
両腕が背中から、俺を抱きしめている。
「大切なものを失ってしまうのではないかと、怖かった……」
囁きが近くなる。
彼はうなじに顔をうずめるように。
「あの男が、あなたを奪っていくのかと思いました」
囁きが首筋を伝った。
「怖いなんて言ったら、あなたは笑うかも……」
「笑わない!」
「輝夜……様」
俺も同じ。
「怖かった……」
お前の手。
「お前の腕が俺を抱き止めてくれなかったら、感情に飲まれて奥深くに沈んで……」
何もない場所に行っていた。
終着点は死の国だったかも知れない。
迷い込んでいたかも知れない。
感情の濁流に引き摺り込まれ……
(悲しみなのか、何なのかも分からない大きな渦の中で)
だから……
「俺を抱きしめてくれて、ありがとう」
お前の手に手を重ねた。
まだ、胸の内がじゅくじゅく軋んでいる。
人は、あっけないものだ。
だから、とても怖い。
「もう少しだけ」
「もう少しだけ」
同時に声が触れた。
あなたに……
お前に……
(触れていたい)
「私の弱さを笑わない人は初めてです」
握った手に唇が降りる。
いえ、そうじゃありません。
私の……
「弱さを見せたのは初めてです」
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