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第75話《Ⅲ章》うつつの鳥籠⑧
「必要ないんだ」
彼の声は驚くほどに冷静だった。
「お前達、帝国軍は俺達サキモリを味方だと考えていなかった。使い捨ての駒にして、ろくな装備も与えず最前線に送り込んだ。帝国軍の盾にした。お前達にとってサキモリは道具だ。軍の体制を整えるためのシステムに過ぎない」
声が揺るがぬ音色を立てる。
「だから俺も必要としない。帝国軍も、軍規も。俺達もお前達を味方だとは思っていない」
サキモリの怒りは深く、憎悪は根深い。
「だが軍規は曲げられない」
それでも言わなければ。軍規があるから、軍を統率できる。
サキモリがこれまで受けてきた仕打ちを考えれば、心は否応なしに動く。
庇いたくなる。
しかし、同情は法治国家の崩壊を意味する。
(軍規は軍規)
曲げられない。
血の通っていないものに、心を求めるべきではない。残酷だろうと、それが法規であるのだから。
「帝国の言い訳だ。軍規を運用するのは人間だ」
「あぁ、帝国はサキモリを虐げてきた。使い捨ての駒で、死んでも何とも思わない」
「分かっているならァッ」
右手の拳銃がカチリと鳴る。
「あんたも同罪だ!」
トリガーに指が掛かった。
(何秒だ)
俺に与えられた時間は?
(八秒?七秒?)
サキモリがトリガーを引けば誰も救えない。瑠月も、サキモリ自身も。
そして、あの場所でシモンを撃って死んだサキモリの思いも。
「名前は何だ」
「なんの話だ?」
「名前を聞いている」
「俺達サキモリに名前はない。サキモリは道具でシステムだ。記号と数字の個体識別番号を振り付けて、名前を奪ったのは帝国の方だろう」
「それでもお前は忘れていないだろう」
生涯忘れる筈がない。
「シモンを撃ったサキモリの名前を教えろ」
奪われたって、大切な名前を。
「俺が名前を呼んで、彼を弔う」
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