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第77話《Ⅲ章》うつつの鳥籠⑩

「お前が……」  声は震えていた。 「お前が……」  声は掠れていた。 「それを言うのかァァッ!」  叫んだ声は悲しんでいた。 「お前が人質になったから、龍族は名前を奪われなかった。龍族の土地があり、龍族の国がある。だが、俺達はッ」  声が痛い。 「一方的な宣戦布告で突然攻め込まれ、戦争に負けて、無条件降伏して、国も、土地も、名前も奪われた…… 何もしないあんた達がのうのうと生きて、命をかけて戦った俺達が全部奪われて、おかしいだろうッ!」 「貴様ッ、この方は」 「瑠月、いい」  背中で銃口を構える瑠月を止める。 「いいんだ」  俺の代わりに怒ってくれてありがとう。  でも…… 「このサキモリの言う通りだ」  俺達は何もしていない。  龍族の王族・貴族達は俺を人質として烈に差し出して保身をはかった。  その計略は見事に成功した。  王族・貴族の既得権益は守られ、国体護持は為された。  国の体裁を何一つ失うことなく。  でも…… 「たかだか領土を失っただけだろう!」 「なッ」 「国は領土じゃない。人だ」 「分かった口をきくな!」  分かってない。  俺は奪われる苦しみも、憎しみも。 (分からないから……)  言うんだ。  憎しみに飲まれる事のない俺が。 (お前を止める) 「帝国は言語を奪っていない」  だから…… 「死んだサキモリの名前を忘れられないんだろう」  自分の国の言葉で。  自分の国の大切な人の名前を言える。  言葉が生きている限り、国は失われない。歴史が失われる事はない。  忘れ去られる事はない。  忘れられない。  大切な人の名前…… 「奪われた領土は取り戻せばいい。けれど」  失われた人はもう、取り戻せないけれど…… 「お前が死ねば、その人の名前は二度と呼ばれない。その人の思いはこの世から失われる」  彼は、ここにいないけど。 「彼の思いと生きる事を拒んで、彼の思いを世界からお前自身の手でが消して、お前は後悔しないのか」

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