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第1話「この学園には燃え殻と呼ばれた生徒がいました」

 みなさん、今夜もお話の時間になりました。  今回はどんなお話を聞きたいですか?  え、魔法学園のお話?  みんな、魔法学園のお話が大好きですね。  わかりました。  それではこれから、魔法学園の生徒だった若者のお話をしましょう。  若者はとてもかわいそうな身の上に生まれましたが、魔法学園に行って幸せになりました。  もちろんこれで終わりではありません。このあとくわしいお話を――ん?  何ですって?  魔法学園がどんなところなのかも、教えてほしい?  そんなことを知りたいんですか?  たしかに、考えてみるとあのころの魔法学園の様子など、あなたたちはまったく知らないのでした。  もちろん学園があった王国のことも、ろくに知らないのでしょうね。  たとえば白亜の塔がそびえるお城や、シャンデリアが煌めく大広間や、ひたいに魔法演算硝子(ラレデンシ)を輝かせながら勇ましく戦う魔法機動兵士(ゴーレム)や、それをあやつる魔法使いについても――ああ、やっぱり、何も知らない?  わかりました。  それでは、むかしむかしあるところにありました――かもしれない――王国と魔法学園について、そして燃え殻と呼ばれた若者、アッシュについて、これから話して聞かせましょう。    *  主人公の名前はアッシュ。  よくある話ですが、アッシュはみなしごです。  アッシュのお父さんとお母さんは彼がまだ物心もつかないころに死んでしまいました。このふたりは「王国の偉大なる魔法使い」の使用人でした。  説明しておきましょう。「王国の偉大なる魔法使い」とは王様に仕える魔法使いの地位をさすもので、この地位にある者が偉大なる魔法使いかどうかは、別の話です。  ちなみに「王国の偉大なる魔法使い」の下には「王国の賢明なる魔法使い」がいます。その下には「王国の真摯なる魔法使い」が、さらにその下には「王国の精良なる魔法使い」その下には「王国の勤勉なる魔法使い」が――まあ、とにかくたくさんの地位があり、たくさんの魔法使いが王国のために働いています。  さて、アッシュの両親を雇っていた魔法使いがほんとうに偉大な魔法使いであるかどうかはともかく、彼はそこそこまともな道徳観念の持ち主でした。だから、みなしごになったアッシュを道ばたに放り出したりはしませんでした。  アッシュは魔法使いの屋敷で、彼のふたりの息子とともに育てられました。魔法使いの息子は双子で、アッシュよりひとつ年上です。彼らは父親の魔法使いもみまちがえるほどそっくりな顔をしていましたが、アッシュは幼いころから彼らと一緒だったせいか、いつもすぐ二人を見分けられました。  魔法使いの屋敷で暮らしていたときのアッシュは、いつも双子のおさがりを着ていました。双子は気に入らない服を切り裂いて捨て、アッシュはそれを繕います。双子はまずい食べ物、苦い食べ物、嫌いな食べ物には手をつけませんから、アッシュがかわりに食べます。  双子はアッシュのことを「燃え殻」と呼びました。彼らが切り裂いた服を最初にアッシュが拾って着た時、まるで藁の燃え殻を体に巻きつけているようにみえたからです。  双子が大きくなったので、王国の偉大なる魔法使いは彼らに家庭教師をつけました。アッシュは双子のために教科書やペンを並べ、インクを用意しました。双子のうしろで家庭教師の授業をきき、双子が外で遊んでいるあいだに、双子のかわりに宿題をしました。  やがて双子は十五歳になりました。  王国では魔法使いの子供は全員、十五歳になると男の子は魔法学園男子部、通称「リリー」に、女の子は魔法学園女子部、通称「カトレア」に入学します。  ご存知の通り魔法の力、つまり魔力は親から子に伝えられるもので、魔法使いの子供は十四歳くらいから魔力を発揮しはじめます。しかし生まれ持った力は強く健やかに育てなければ、王国のために役立たせることはできません。そこで子供たちは魔法学園に入るのです。そのうちわかると思いますが、魔法学園はお城からかなり離れた場所にある、森と湖に囲まれた全寮制の学校です。  というわけで、双子は魔法学園男子部(リリー)に入学するために魔法使いの屋敷を離れました。  王国の偉大なる魔法使いは屋敷の静けさにほっと胸をなでおろしました。ところがまもなく、彼は気づいたのです。アッシュにも魔力があるということに。  そう、何にでも例外はつきものです。まれに両親が魔法使いでなくても、魔力をもつ子供がいるのです。  実をいえば、この瞬間まで、王国の偉大なる魔法使いはアッシュのことを忘れていました。彼は困ったことになったと思いました。王は魔法使いの素質をもつ者が野放しにされるのをひどく嫌います。王国の偉大なる魔法使いとしては、この子の魔力を見過ごしたと王に思われるのは心外です。  そこでアッシュが十五歳になった日、魔法使いは学園から教師のアンブローズを呼び、アッシュに入学試験を受けさせました。 「王国の偉大なる魔法使い殿、アッシュの魔力はたいしたものです。魔法学園の入学にはまったく問題がありません」とアンブローズはいいました。 「しかしその前に、規則に従って学費を納入していただく必要があります。入学金と初年度の学費、それに今日の受験料です。もちろん、王国の偉大なる魔法使い殿がお支払いくださいますね」  王国の偉大なる魔法使いは、教師アンブローズの言葉を聞いて、とても驚きました。 「なぜわたしがアッシュの学費を支払うのかね?」 「あなたがこの子を推薦したからです」 「わたしはこの子と何の縁もない。両親が亡くなって、行きがかり上屋敷に置いていただけだ」 「王国の偉大なる魔法使い殿、魔力をもつ子供を学園で教育するのは王国民の義務です」 「しかしどうして縁もゆかりもない子供の学費をわたしが払わなければならないのか?」  王国の偉大なる魔法使いの倫理観は、だいたいこの程度のものでした。  教師のアンブローズは苛立ちました。  何だよこのおやじ。おまえの屋敷で、息子と一緒に育った子供のことを、縁もゆかりもないだって?  だいたい俺の百倍は給料もらってるくせに。ケチケチしやがって。  アンブローズはかつて魔法学園を最優等の成績で卒業したとても優秀な魔法使いです(ちなみに王国の偉大なる魔法使いの学生時代の成績は中の下というところでした)。しかし現在のアンブローズはヒラの教師にすぎず、王国の偉大なる魔法使いの地位の前には頭があがりません。仕方なく彼は妥協案をのべました。 「それでは入学金と受験料のみ王国の偉大なる魔法使い殿が払い、学費についてはアッシュに、魔法学園の貸付金制度を使わせてはどうでしょう。これも両親のどちらかが魔法使いなら特別奨学生として返済免除にできるのですが、アッシュの場合はそれも無理ですから、彼が学園を卒業したあと返済するということで」  学園の貸付金制度を使った学生は、卒業後、返済が完了するまで王国の魔法省所属機関で働かなくてはなりませんが、王国の偉大なる魔法使いが学費を払う必要はなくなります。それでも彼はまだ不満でした。 「わたしがアッシュの入学金を支払うのか」 「未来ある若者のために私財をなげうったと聞けば、王はとてもお喜びになるでしょう」  王国の偉大なる魔法使いはようやく首を縦に振りました。アンブローズの言葉には説得力がありました。それに入学金と受験料だけなら、王国の偉大なる魔法使いにとっては、ほんのはした金にすぎなかったのです。 「未来ある若者のために私財を……たしかにその通りだ。わかった。王に間違いなくこの話が伝わるように、記録に残しておくのだぞ」 「もちろんです」  こうしてアッシュは魔法学園に入学することになったのです。

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