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★第一の選択★
俺が選ぶ?
プリンスか、先生か――?
俺は息を飲んでその場に立ち尽くした。
頭の中をくるくると記憶が駆けめぐる。最初に思い浮かんだのは魔法学園の入学式だ。壇上に立って祝辞を読みあげるプリンスのすらりとした姿を、俺は隅の席からうっとりみつめていた。
こうして遠くからみつめるだけで終わるはずの人が、魔法大会の日、俺のすぐそばで、こういったのだ。
(きみが何者でもないなんて、そんなことありえない)
「センパイ、先生――俺は……」
あの日生まれて初めて感じた、胸の奥がトクトクと甘く疼く感覚がよみがえる。ああ、俺は……。
「センパイの横に立っていられたらと……思います」
プリンスが目をみひらき、一歩前に出た。
「アッシュ――」
「アンブローズ先生、先生に俺はとても……返しきれないほどの恩を受けています。でも……でも」
アンブローズ先生が遮るように片手をあげた。
「アッシュ。それ以上いうな。きみが自分で選んだのだ。私は行く。リチャード王子、アッシュを頼む」
アンブローズ先生は長い衣をひるがえして温室を出て行った。イヌが先生を見送るように温室の入口までついていく。プリンスが俺の手を握った。胸の中に甘い棘が刺さったみたいだった。
「センパイ、俺……」
「アッシュ、僕の恋人に――伴侶になってくれるなら、リチャードと呼んでくれないか」
俺ごときが王子様を名前で呼ぶなんて。そんなこと許されるのだろうか。プリンスの吐息が耳の裏をくすぐり、背中が震えた。
「アッシュ?」
「リ、リチャード……センパイ――好き、です……」
上目遣いでそういったとたん、ぎゅっと背中を抱きしめられた。
「僕を選んだこと、絶対に後悔させないよ」
そのあとプリンス、いやリチャードは、卒業生のパーティ会場まで送ってくれたけれど、集まってきた人々に非公式の「婚約宣言」を残して去ったので、俺はそのあとお祝いをいってくれるみんなにもみくちゃにされて、大変だった。
次の日にはお城から迎えがきて、それから結婚式まではあっという間だった。王様は交流が再開したばかりの山の向こうの国にも結婚式の知らせを出し、ジャックもお祝いに駆けつけてくれた。アンブローズ先生も亡くなった俺の両親のかわりのように祝福してくれて、俺は泣きそうだった。
祝宴がおわると、俺はお城の庭園に建てられた小さな宮殿へ導かれた。小さいといっても、客をもてなす小さな広間もある立派なものだ。王子とその伴侶はここで暮らすことになっている。召使にかしずかれて湯浴みをして、用意された服に着替えようとして、俺は真っ赤になってしまった。
「これを……着るの?」
「初夜のお着物ですから」
白くて長い衣は形こそアンブローズ先生が着るものに似ていたが、とても薄くて柔らかくて、羽織っても肌が透けてみえる。小さな下着は布の部分がほとんどなくて、自分で身に着けさせても貰えなかった。召使は腰のうしろを銀の金具でパチリと留め、小さな銀の鍵をかけた。
「こちらをリチャード王子殿下にお渡しいたします」
長い衣の裾を踏まないように、ゆっくり寝室に入っていく。リチャードはソファに座って俺を待っていた。俺はこんな透け透けの衣を着ているのに、リチャードは礼装を脱いだだけのシャツとズボン姿で、それなのにため息が出そうなほどかっこいい。
部屋の真ん中には天蓋のついた大きなベッドがある。召使は銀の鍵をリチャードに渡すと、膝をかがめて礼をし、部屋を出た。扉がぱたんと閉まった。
「アッシュ……なんて綺麗なんだ」
「でも、こんな服……」俺はつい恨めしい目つきでリチャードを睨んでしまった。
「どうして? 嫌?」
「すごく……恥ずかしいです」
「本当に綺麗だよ」
リチャードは立ち上がった。寝台に俺をいざない座らせると、自分は床に膝をついて俺の両肩に手を置く。王子の吐息が頬にあたり、視線がすうっと下に下がる。透ける衣の内側をみつめられているのがわかった。ぽっと顔が熱くなる。
「そ、そんなに見ないで……ください……」
「小さな赤い実がある」
「え?」
「ほら、ここに」
肩から手が外れたと思ったら、左胸の尖りを布の上からつままれた。こすられる感覚に膝が揺れる。
「あっ」
「もう堅くなった……熟したね……」
「リ、リチャード」
「こちら側にも」
視界がくるっとまわる。弾むベッドに背中を倒されて、天蓋の白い布がひらひらするのがみえた。薄い衣の上からリチャードが胸の尖りを舐めている。足先を走り抜けたムズムズした感覚に俺は体をゆらしてしまう。
「あっ、うんっ」
「もう感じてる?」
リチャードはベッドの上に膝立ちになり、シャツを脱ぎ捨て、ズボンもするすると脱いだ。細身の、しかし鍛えられた肉体が俺の上にのしかかってくる。たくましい股間が目に入って、頬が熱くなるのがわかった。
「アッシュ、可愛いよ……」
上に覆いかぶさられ、唇が重なってくる。うっとりするようなキスで、リチャードの匂いで頭のなかまでいっぱいになる。口の中に入ってきた舌に自分の舌を絡みあわせると、くちゅくちゅっと唾液が鳴る音が響いた。ああ、俺はこうしたかったんだ。
「んっ、あっ……」
いつのまにか唇が離れて、顎や耳朶を舌で濡らされていた。薄い衣を通してリチャードの体温を感じる。と、胸の尖りに直接なにかが触れた。
「あんっ、ああっ」
「触魔法だ。覚えてる?」
リチャードがささやく。俺は舞踏会のことを思い出した。三年生になってから学園でも触魔法を習ったけど、今ならわかる。この魔法は本当は、こんな……こんな風につかうものじゃ……。
透ける衣の下をみえない指が這いまわり、全身が敏感に反応をはじめてしまう。恥ずかしい声をあげたくないのに、胸の尖りをつままれたり、腋の下をなぞられたりすると、止められない。
「ふふ、アッシュのここ、大きくなったね」
「あ、あんっ」
「もうこんなに濡らしてる……外してほしい?」
リチャードの手が小さな下着の表面に触れた。その下に隠された俺の中心は完全に上を向いていて、布がこすれるたびにトロっとしずくをこぼしてしまう。解放されたくてどうしようもなくて、俺はおずおずと首を振る。リチャードは小さな銀の鍵を顔の横で振った。
「これじゃないと開けられないんだ。伴侶だけがこの鍵を使える……僕だけが」
俺はこくりとうなずいたけれど、リチャードは鍵を手に隠してしまった。
「でもそのまえに、アッシュの可愛いお尻を調べないと」
リチャードの手がどこかを引いたとたん、長い衣が切り開かれたみたいにパラリと広がった。
「ほら、あっちを向いて……僕に全部をみせて」
いわれるままうつぶせになり、枕に顎をのせる。お尻をもちあげた恥ずかしい姿勢をとると、小さな下着に締めつけられた股間がますますきつくなる。
「綺麗な色だ」
「あっ」
「もっと濡らして、ほぐそうか」
細い紐のような下着を指がかきわけ、お尻の割れ目を撫でた。まるでおもらしでもしたみたいに温かい液体がお尻のあいだを流れる。お尻の中にぬるりと何かが入れられた、と思うと、ゆっくりと動きはじめた。あ、だめ、だめ、これは――
お腹の中をピクピク揺らすような快感が響いて、俺はうつぶせになったまま呻く。
「んっ、リチャード、ああっ、はぁっ、あんっ」
「気持ちいい? アッシュのここ……こんなにピクピクしてる」
「いいっ、いいけど、でもっ、あんっ……」
お尻は気持ちいけれど、まるで炙られているみたいで……どうしたらいいのかわからない快感で、それに前は鍵つきの下着で縛られている。ひとつでいいから解放してほしいのに、リチャードは俺の腰をしっかり押さえつけて動きを封じたままだ。
「ああああんっ……」
ついに大きな声をあげると、やっとお尻の穴に入っていたものが出て行った。俺はうつぶせのまま肩で息をつく――と、背中にリチャードの重みがかかり、今度はもっと太いものが押し当てられた。
「あっ、あっ、んっ、あっ」
「すごい、アッシュのなか……ああ……」
さっきとはくらべものにならない質量で、でも俺の体はどんどんリチャードを飲みこんでいく。カチッと小さな音がして、ぱらりと下着がほどけた。ほっとしたのもつかの間、がつんと奥を突きあげられる。とたんに頭の芯が真っ白になるような、体が持ちあがるような快感がやってきて、俺の感覚はふわっとどこかに投げ出された。
「アッシュ、アッシュ――」腰をパンパン振りながらリチャードが叫んでいる。「愛している。僕はきみだけを愛すると誓うよ!」
俺は霞がかかったような意識のなかでその声を聞いていた。婚礼の床は三夜に渡って続いた。
*
それからどうなったかというと……。
リチャード王子の配偶者となったあとも、俺は魔法大学で四年間応用魔法工学を修めた。学生のあいだはリチャードと山の向こうの国を旅行して、古代の魔法を調べたり、念願の飛行機械に乗せてもらったりした。
子供を授かったのは魔法大学を卒業した翌年で、お城だけに伝わる秘伝の魔法と七夜に渡る濃厚な夜の結果だ。生まれたのは三つ子で、男の子がふたりと女の子がひとり。三人そろってハイハイをするようになるとイヌが乳母と一緒に見張り兼子守をしてくれて、子供たちもイヌの三つの頭にそれぞれ懐いた。
魔法大学の教授となったアンブローズ先生は古代の遺構研究に没頭していたが、俺とリチャードが招くと必ずお城に来たし、子供たちを可愛がってくれた。数年のうちにリチャードは王様にかわって国の政務のほとんどを行うようになった。子供たちも手がかからなくなったので、俺もリチャードを手伝った。数年後王様が退位を宣言した。王子はもう十分国を率いていけるので、隠退して回顧録の執筆にとりかかるのだという。
こうしてリチャードが王となり、俺は王配として横に並んだ。王国の歴史上はじめての、ゴーレム使いの王の誕生である。でもリチャードは政務に忙しく、シルフを実体化することは少なくなっていた。イヌはいつも俺に付き添い、夜はリチャードと俺の寝室で眠っていた。しかしだんだんゴーレムの「体」の寿命が近づいてきた。
ある朝俺が目覚めた時、イヌは小さな土人形の姿で寝室の床に転がっていて、俺が拾い上げたとたん塵になって消えてしまった。リチャードはぽろぽろと涙を流した俺をしばらく抱きしめて、慰めてくれた。
とはいえ、そのころには子供たちもゴーレムを使えるようになっていたのだ。三人ともに魔法使いの素質があることは早くからわかっていたし、リチャードの影響か、三人ともゴーレムが大好きだった。最初の土人形を作ったのは魔法学園への入学が決まるずっと前のことだ。やがて子供たちはそれぞれちがうタイプのゴーレム――鳥型、巨人型、獣型――を使役するようになる。
三人が魔法学園に出発する朝、俺はバルコニーからお城の前の広場を眺めていた。なんて光景だろう。かつて魔法大会が開かれた広場で俺とリチャードの子供たちが自分のゴーレムを遊ばせているなんて。
「アッシュ」
いつのまにかリチャードが横に並んでいた。
「子供たちがいなくなるの、寂しいか?」
俺は首をふる。
「まさか。俺が今みたいな幸せを手に入れたのは魔法学園に行ったからだもの」
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