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★第二の選択★

 俺が選ぶ?  プリンスか、先生か――?  俺は息を飲んでその場に立ち尽くした。  頭の中をくるくると記憶が駆けめぐる。最初に思い浮かんだ光景は学園に入学する前、王国の偉大なる魔法使いの屋敷でアンブローズ先生と初めて会った時のことだ。  先生は今と同じように長い衣を着て、厳しい表情で立っていた。筆記試験が終わると先生は魔法学園に行きたいかとたずねた。もちろん俺は「はい」と答えたけれど、そのあと先生が立て続けに質問した内容はさっぱり思い出せない。 「これからきみの魔力を測る」  緊張でカチカチになった俺の前で先生は床に魔法陣を描き、その中央に俺を立たせた。曲線の図形から魔法の光が輝いたときのアンブローズ先生の真剣な表情――そうだ、先生はいつも真剣で、俺のことを考えてくれて……。 「センパイ、先生――俺は……」  いつか先生みたいな魔法使いになりたい。あのとき俺はそう思ったのだ。 「アンブローズ先生の弟子になります。これからもずっと先生と一緒にいたいんです」  俺はひと息でいいきって、プリンスと先生、ふたりを見返した。先生は驚いたように目を見開いて俺をみていた。 「アッシュ、本当にそれでいいのか」 「先生、俺は山の向こうのダンジョンで、古代の魔法がいまも働いているのをみました。この世界には俺が知らない魔法や秘密があって――先生ならきっとその謎を解けるんでしょう? 俺もその場にいさせてください」 「アッシュ」  アンブローズ先生は俺の名前をくり返し、はっとしたように隣をみた。プリンスが苦い表情で微笑んでいた。 「それがきみの選択なら、僕に出る幕はない」 「センパイ……」 「選ばれなかったとしても、僕がきみを好きなことに変わりはない。これも魔王と同様の……ひとつの試練なのだろう。受けとめよう」  プリンスは大股で俺の横を通り過ぎ、温室を出て行った。イヌが静かにそのあとについていき、キイっと音を立てて閉まった扉の前でうずくまる。俺は先生の手をそっと掴んだ。 「先生は信じろっていいましたよね。俺は先生を信じたから、今があるんです」  翌週、俺は魔法大学の構内にある塔へ引っ越した。教授になったアンブローズ先生の新しい住まいと研究室があって、助手のための部屋もついている。先生は最初首を縦にふらなかった。特待生用の学生寮が使えるのだからそっちにしなさい、というのだ。でも俺は弟子として、講義のない朝や夜も先生についていたかった。  だいたい、温室であんなにも情熱的な言葉を告げたのに、先生は俺に触れようとしない。俺はもうただの生徒じゃない。先生にもっと近くなっていいはずなのに。  魔力の制御がうまくいかなかったとき、先生が俺に触れたことを思い出す。あれは指導の一環だったけれど、今は別の意味で、あんな風に触れてほしい。そう思うと腰の奥が疼いてたまらなくなった。  魔法大学の構内はとても広く、講義棟や学生寮、教授たちの塔を小川の流れる森や牧場が囲んでいる。教授や学生が使役するゴーレムもたくさんいた。イヌは広い牧場を他の狼型ゴーレムと駆け回って遊んで、楽しそうだ。  夜になると俺は先生の研究室の扉をノックした。 「先生、俺にも何か手伝わせてください」 「アッシュ」  窓の外に丸い月が浮かんでいた。 「俺は先生の弟子になったんですから、ちゃんと仕事をくれるとか……何かさせてください。もっと先生に近づきたいんです」 「アッシュ、きみは十分に近づいている」 「先生、でも……」  先生の眸がすぐそばにある。吐息が俺の頬にあたり、俺の唇に先生の口が触れて……覆った。  先生とキスをしたのは初めて――初めてだと思う。プリンスとしたことはあったけど……先生のキスは優しくて、でもすごく情熱的な、とても先生らしいものだった。いつのまにか俺は研究室の壁に背中をおしつけられて、先生の首に手を回し、必死でキスを返していた。服ごしに抱きあっているのがもどかしくて、体が先生と重なることを求めているみたいで、そうしているうちに自分がずっと、こうしたかったのがわかった。 「先生、お願い……」唇が自由になった時をとらえて俺は哀願した。「早く俺を先生のものにしてください。俺は先生を選んだんです」  ふっと熱い吐息がひたいをかすめ、次の瞬間布が破れる音がして、シャツの襟が大きく開かれていた。あっと思う間もなく壁の方を向かされる。うしろから先生の手が回ってくる。大きな手のひらは力強く、器用に動いた。ベルトが鳴り、俺のズボンが床に落ちる。 「んっ、あっ……」  背中に覆いかぶさった先生の指がはだけられたシャツをさぐり、胸をさすった。片方の乳首をはじくように弄られて、ぞくぞくっと背中に走った快感に息をのむ。衣擦れの音がきこえ、背中に熱い肌がぴたりと重ねられた。俺は両手を壁についたまま腰をくねらせた。さっきからお尻のところに堅くて熱いものがあたっている。きっとこれが先生の……。  俺はふりむきたかったけれど、先生の指は俺の下着をひきずりおろし、お尻の割れ目をそっとなぞった。 「息を吐きなさい」  耳朶を齧りながら先生はささやいた。 「はい……んっ……」  とろりとした感触が股のあいだを流れ、指が俺の中をするするとたどった。敏感な一カ所を押さえられたとたん、ビクッと背中が跳ねそうになる。 「あっ!」  先生は黙って指だけの愛撫をつづけ、俺の膝はがくがく揺れはじめた。もっとしっかり支えられたい、もっと大きくて熱いものが欲しいという欲望で頭がいっぱいになる。でも先生のもう片方の手が敏感になった部分に触れたとたん、俺はあっけなくイってしまった。 「んっ、あっ、はっ、はぁっ……ああ……先生、先生……好きです、たぶんずっと……好きでした……」  壁を向いたままそうつぶやいたとたん、お尻の中から先生の指がするっと抜ける。 「アッシュ」 「先生、お願い、先生の、挿れて……」  そのとたん太くて熱いものがぐいっと押し入ってきた。最初はすごくきつくて――先生のアレってこんなに大きいんだ――でも俺の中はすぐにその大きさに馴染んだみたいで、それが動きはじめたとたん、気持ちよすぎる感覚に体じゅうが持っていかれてしまった。 「あっ、あっ、んっ、ああっ、いいっ、先生、あんっ、好き……」  俺はずっと大きな声をあげているのに、先生は何もいわない。パンパン、とぶつかる音と、グチュグチュっと濡れた響きが静かな研究室に響いて、こんな風に抱かれていると思ったとたん、もっと興奮してしまう。先生の熱い吐息が首にかかり、腰の奥まで何度も、何度も突き上げられる。そのたびに先生の想いが直接俺の体に注ぎ込まれるみたいな気がして、胸がいっぱいになった。 「あっ、あああああんっ」  ドクドクッと注がれる感覚があって、先生が俺のうなじのところで大きく長い息をつく。俺は膝がふるえて立っているのがやっとだった。先生が腰をぎゅっと引き寄せて支えてくれた。向かい合わせに抱きあって、また背中を壁につけてキスをする。触れあった股のあいだがどろどろに濡れていて、はしたない声をあげた自分が急に恥ずかしくなる。 「アッシュ」先生が低い声でささやいた。 「きみはこれでラレデンシを生成できなくなった。私がきみを奪ったから」 「そんなの、どうでもいいです」  体のあちこちに快感の余韻を感じながら俺はそっとささやきかえす。 「俺はこれから先ずっと、先生と魔法の奥義を窮めるんですから」    *  それからどうなったかというと……。  俺は魔法大学で学部の四年間を終えたあと、アンブローズ先生の研究室に入った。大学でプリンスに会うと、彼はいつも俺を「大切な友人」として扱った。でも卒業するとすぐ王様に「ダンジョンで冒険者として経験を積む」と宣言し、山の向こうへ旅立ってしまった。王様は三年間の期限をつけてそれを許した。  プリンスが旅立つ前、俺はアンブローズ先生と一緒に、彼のための特別な魔道具を作った。そのころ俺とアンブローズ先生はダンジョンにひそむ古代の魔法の研究をはじめていて、プリンスに贈った魔道具は最新の結果を反映したものだった。  三年のあいだにプリンスは冒険者として名をあげ、ダンジョンで出会った伴侶とともに王国へ戻ってきた。俺はアンブローズ先生とともに結婚式に出て、新しい護符と魔道具を贈った。  プリンスの伴侶は魔法使いではなかった。でもとても頭がよくて、戦略と数字に強い人で、宰相に十分な器だった。王様は安心したらしく、やがてプリンスに政務のほとんどを譲った。  古代魔法の奥義を窮めるためにふたりで長い休暇をとったのはそのころだ。イヌを連れてダンジョンに潜り、先生と古代の遺構をたずねた。地上へ戻るとすっかり髪がのびていて、時間が経ったことを実感した。でもイヌは通常の寿命――ふつうのゴーレムなら土に戻ってしまう時――の何倍も長生きした。  休暇のたびに古代の遺構を研究しにダンジョンへ潜る年月が過ぎ、俺とアンブローズ先生はいつのまにか、伝説の魔法使いの再来と呼ばれていた。やがて王様が退位し、プリンス――リチャード王子が王になると、俺はアンブローズ先生とともにたびたびお城に招かれ、リチャード王に助言するようになる。王は魔法を使えない伴侶の助言にしたがって、何もかもを魔法で解決しようとはしなかったけれど、役に立つと判断した時は迷わなかった。  古代の魔法を研究したことは先生と俺に不思議な効果をもたらした。齢をとるのがひどくゆっくりになったのだ。  外見があまり変わらないまま俺と先生は特別教授になり、いまも魔法大学の塔で暮らしている。弟子になりたいといって塔を訪ねる若者に驚かれることも多い。伝説の魔法使いのおふたりがこんなに若いなんて、と。 「アッシュ、彼をどう思う?」  イヌを手懐けようとあの手この手を試している弟子志望者を塔の窓から眺めていると、いつのまにか先生がうしろに立っていた。 「有望だと思います。ナカーに気に入られたようだし」  イヌの三つの頭のひとつ、ナカーは根気のある人間に懐く。アンブローズ先生の課す修業は厳しいから、単に技量が高いだけでは脱落することもある。 「それならしばらく預かってみよう」  俺は背中に先生の体温を感じながらうなずく。長い腕が前にまわり、先生の唇がうなじに触れる。  いまでは周りの人々は俺とアンブローズ先生をまとめて「伝説の魔法使い」と呼んでいる。でも俺の心の中ではそうじゃない。俺はアンブローズ先生にいちばん近い弟子なのだ。

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