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3.ケイとアンリ (13)
「ケイト?」
アンリが心配そうに名前を呼んでいる。
すぐに立ち上がって、大丈夫だと答えたいのに、息がうまく吸えない。
「ちょ、大丈夫?」
アンリの優しい掌が、ケイの肩に触れたあと、ゆっくりと背中を撫ぜた。
その優しさは心を蹂躙する。
「だい、じょ、ぶ、」
ケイは意識的にゆっくりと深呼吸をしながら、どうにかアンリに答えた。
アンリはケイの背中に手を置いたまま、はー、と長く息をつく。
「びっくりした……、具合悪くなった?」
「ごめん、……も、大丈夫、」
痛みを訴えていた心はもう、そこにない。
ケイはそれを安全なところへ隠すことに成功した。
胸にはぽっかりと虚のような穴があいている。
顔を上げると、アンリは心配そうな顔をしてケイを見つめていた。
もう、苦しくない。
「暑い中歩いたから熱中症気味だったのかな。立てる?」
「うん、」
アンリに支えられながら、ケイはゆっくりと立ち上がった。
一瞬めまいがして、視界が弾けたが、やがて呼吸も落ち着いた。
「心配だから今日はやめておこうか。また次に来よう、」
アンリはそう言うと、さっき書いたばかりの受付ボードの名前を横線で消した。
「歩ける?」
「ん、」
ケイは短くうなずく。
ふたりは、来たときよりもゆっくりと駅へ戻った。
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