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第2話 運命の出会いは嵐の中で (2/2)
「リオだって、そこそこ身長あるじゃん」
鷹揚 な受け答えに彼の余裕を感じた。興味津々そうに、なおもアーロンは問い掛けてくる。
「もう一つ聞いて良い? リオ、恋人いる? それとも、もう嫁がいるのか?」
「……あいにく、まだ恋人も妻もいないよ」
ここティエラ王国では、平民なら二十歳を迎える頃には結婚していることも多い。貴族でも、二十歳前に少なくとも婚約しているのが一般的だ。にもかかわらず、リオの婚約や結婚が白紙なのには理由があった。
「リオは優しくて知的だから、モテそうだけどな。この辺には、リオの眼鏡に適 う淑女 はいないか」
彼は、さり気なくリオのメンツを立てようと優しい言葉を掛けてくれた。ティエラでは、同性愛は一般的ではない。だから二人は当然のように、自分たちの恋愛や結婚の相手は女性という前提で話を進めている。
「……あ」
途中で、別の可能性に思い当たったらしい。アーロンは言葉に詰まった。リオは、慌ててその疑惑を打ち消した。
「僕はベータだよ。だから結婚相手はベータの女性だと思う。そういうアーロンは、どうなんだい?」
「俺も、まだ恋人も嫁もいない。相手を幸せにできるような、落ち着いた生活してないし」
さばさばと、全く気に掛けていない様子でアーロンは答える。自分はやるべきことを成し遂げておらず、まだ道半ばだと言い切る清々しさが眩しい。
この世界には、男女の性差の他、「バース性」と呼ばれる第二の性がある。男女の性差とかかわらず、全ての人はアルファ・ベータ・オメガ、いずれかのバース性を有する。殆どの人は、取り立てて特徴のないベータだ。
アルファは概して知能が高く、体格・体力も優れていることが多い。ティエラ王国では貴族の家督 を継ぐのは基本的に長男だが、弟や女性でも、アルファならば、その子が家督を継ぐ。
そして、アルファ以上に希少なのがオメガだ。優れた容姿を持つが、定期的に発情し、アルファを性的に誘惑するフェロモンを発する。まるで動物みたいだと蔑まれ、忌み嫌われている。もう一つの特徴は、男性であっても、アルファとつがい子どもを妊娠・出産できることだ。しかもアルファの子が産まれやすい。そのため、アルファとオメガの組み合わせなら、同性同士でも結婚が社会的に容認されている。
もしリオがオメガなら、アルファに嫁ぐ可能性が高い。アーロンの脳裏には、その可能性がよぎったのだろう。
「リオは、どんな子が好みなんだ?」
「うーん……。控え目で、優しい人かな」
「ああ、そういう子は良いよな。俺も、押しが強いタイプは苦手だ。見た目は?」
「笑顔が可愛らしくて、髪が綺麗な人」
「へえ。何て言うか、落ち着いた好みだな。胸が大きいとかじゃないんだ」
堪らずリオは噴き出した。
「アーロンは、胸の大きい子が好きなんだ」
「なっ……、違うよ! 俺らぐらいの年の男が、よく言うことを言っただけで!」
大人びたアーロンに圧倒され続けていたが、異性の好みは単純で分かりやすいと知り、年相応に可愛らしく思えた。リオが声を出さず笑い続けていると、床を拳で叩き、アーロンは拗ねた声をあげる。
「笑いすぎだろ! ……良いじゃん。男にないものを女に求めたって。リオは、なんで笑顔と髪なんだよ?」
「亡くなった母が、笑顔の可愛い、綺麗な黒髪の人だったんだ」
少しためらいながら正直に答えると、ひゅっと、アーロンが息を呑んだ。
「リオのお母さん、亡くなってたのか……。ごめん。デリカシーのない質問だったな」
「気にしないでくれ。むしろアーロンには、『未だに母親の面影を求めるなんて、マザコンか』って、からかわれるかと思った」
「ひどいなぁ。……実は俺も、母を亡くしてるんだ。だから、リオの気持ち分かるよ」
アーロンの声から、さっきまでのふざけた様子は消え、リオをいたわる優しさが滲み出ている。その後ぽつりぽつりと話すうち、二人とも、母のみならず父も亡くしていることが分かった。
「六歳でお母さん、十三歳でお父さんを亡くしたなんて……。リオ、苦労人だなぁ」
「そんなことないよ。母が死んだ時は小さすぎて悲しむ余裕もなかったもの。周りには、僕を可愛がって、助けてくれる人もいたし、僕には兄もいるしね。アーロンのほうこそ、ご両親を亡くしたのが最近とは言え、お兄さんまでいっぺんに亡くして、辛かっただろ?」
肉親を亡くす哀しみを知る同士として、リオの胸にはアーロンへの同情や共感が湧いてきた。それが自然に伝わったのだろう。アーロンは、傷付きやすい少年のような素顔を隠さないようになった。
「……辛かったけど。俺には、守らなきゃいけない仲間がいたからな。ゆっくり悲しんでいる暇がなかったよ」
「仲間って、猟師の組合 の?」
「……みたいなもん」
二人の間に再び沈黙が横たわる。外は、まだ激しい嵐が吹き荒れている。
「僕たち、似てるね。二人とも二十歳の若さでもう両親を亡くしていて、家業の責任を負っている。そして、まだ恋人すらいない」
あえて最後は明るくリオがおどけると、アーロンはクスクスと笑う。
「クシュン!」
「リオ、寒いのか? こっち来いよ」
くしゃみしたリオに、アーロンは心配げに手招きする。実際には彼の手が見えるわけではないが、リオは尻這いで彼のほうへ移動した。息遣いが感じられるほど近づくと、背中から長い腕が回され、彼の体躯にぐいと引き寄せられた。
「俺にくっ付いてろよ」
アーロンの腕も、背中に感じる胸も、しなやかそうな筋肉を纏っている。
(わぁ……。アーロン、僕よりずっと逞 しい)
同い年にもかかわらず、自分より遥かに、戦い、働くことに慣れている彼の身体と、躊躇なく自分を抱き寄せる世馴れた態度に、リオはどぎまぎした。
「こうしたほうが、あったかいよな?
……うん、さっきより温もってる。それにしても、リオ、細いなぁ。お姫様みたいだ」
「うっ。痩せっぽちは、気にしてるんだ。言わないでよ……。それよりアーロン、お姫様を抱きしめたことがあるの?」
リオの質問は想定外だったらしく、アーロンは微妙に口ごもった。
「……そこ突っ込む? まぁ、良いじゃん。それくらい、リオが華奢で可愛いってこと」
最後の言葉に反発を覚えたリオは、腕を突っ張って、彼の胸を押した。
「確かにアーロンは、男らしい体格で、カッコ良いよ。君と比べたら、小さくて華奢かもしれない。でも、僕は女の子じゃない」
「ごめん、リオ。からかったつもりじゃない。リオとは、初めて会った気がしなくてさ。懐かしくて、安らぐんだ。そういう親しみやすさに惹かれて、つい『可愛い』って言ったんだけど。最初から俺の正直な気持ちを伝えれば良かったな。……なんか、照れ臭くてさ」
懸命に自分の気持ちを伝えようと言葉を探す彼に、リオはときめいた。頬が熱く、胸がどきどきし始めた。このままでは、背中を接している彼にも、自分の胸の高鳴りが伝わってしまうのではないか。誤魔化そうと、リオは慌てて彼の言葉に応えた。
「僕も、アーロンとは昔からの友達みたいな気がするよ」
(うわ……。これじゃ、愛の告白みたいだ)
自分が咄嗟に口にした言葉で、更に鼓動が早まり、頬が火照る。アーロンはどう思っているのだろうと背後に意識を向ける。彼は、リオの言葉を茶化したりすることもなく、無言だ。背後から伝わってくる彼の鼓動も、最初より早くて強くなっている気がする。
互いに好ましく思っていることを伝え合い、気恥ずかしくなった二人は黙り込んだ。優しい夜の静けさと、溶け合う互いの体温に安心し、リオは彼の胸に包まれたまま短い眠りに落ちた。
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