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第4話 再会

 (おごそ)かに大司教が現れた。彼はリオの伯祖父(おおおじ)――前王の伯父、前々王の兄にあたる。ベータの彼は潔く王冠を辞退してアルファの弟に譲り、以来、聖職に身を捧げている清廉な人柄だ。七十歳を超える彼には既に頭髪はないが、澄んだ緑眼に、自分と同じ血を実感する。  大司教の落ち着いた低音の声は、大聖堂中に響く。人々の心に染み渡るようだ。 「主の恵み、聖霊の交わりが、皆さんとともに」 「また司教とともに」 「では、本日最初の朗読は『創世記』第四章。  ……リオ王太子殿下にお願いしよう」  慈愛に満ちた眼差しで大司教に微笑み掛けられ、リオも薄く笑みを返し、教典を開いて朗読を始めた。  次の満月が待ち遠しい。  膨らむ期待で胸が破裂しそうなのに、少し不安で涙が出そうだ。強い風に吹かれる草のように揺れ動く感情に戸惑いながらも、身分や立場に関係なく心を分かち合える友ができたことがリオは嬉しかった。  彼の祈りが通じたのか、次の満月の夜は晴れた。リオは、目立たない焦げ茶色のスタンドカラーシャツに同じ色のチョハを重ね、帽子をかぶった。チョハとは、ティエラ周辺の伝統的な民族衣装で、上半身はぴったりしており、腰から下、くるぶしまではマントのように広がり、足さばきしやすい実用的な衣類だ。(うまや)(ばん)に小銭を握らせて口止めし、連れ出した愛馬で途中まで行く。  (くだん)の穀物小屋には、壁に背を(もた)せかけて(たたず)む長身の青年がいた。長くほっそりした手足を組み、人待ち顔だ。耳の下で小ざっぱり切られた赤銅色の髪に縁取られた小さな顔。意志の強そうな太めの真っ直ぐな眉の下で、琥珀(こはく)色のアーモンドのような切れ長の瞳が活き活きと輝いている。ツンと尖った鼻先は、やんちゃそうで、確かにリオと同じくらいの年齢に見える。彼はグレーのチョハの首元に黒い布を巻いている。猟師とは思えないアーロンの気品ある顔立ちに、リオは見とれた。 (アーロンって、カッコ良いなぁ)  ほうと溜め息を漏らすと、アーロンがリオの存在に気付いた。 「……リオ?」  ためらいがちに発された声は、ここで一夜を明かしたアーロンのものだ。おずおずと頷き、リオは彼の許へとゆっくり歩みを進めた。 「やあ、アーロン」 「リオの声だ。……良かった、また会えて。ちゃんと顔を見せてくれよ。なんで夜なのに帽子かぶっているんだ?」  彼の指先がつばに触れる。リオは慌てて、しっかり帽子を握りしめた。 「頭を怪我して、まだ髪が生え揃っていない場所があるんだ。カッコ悪いから見ないで」 「それは悪かった。ごめん」  アーロンは、リオの言葉を疑いもせず帽子から手を離す。申し訳なさそうな彼の表情に、嘘をついているのが心苦しくなり、リオは帽子の前側を上げ、顔がもう少し見えるようにした。 「リオ……、すごく綺麗な顔立ちなんだな」  月明かりに照らされたリオの顔を、アーロンはしげしげと覗き込む。面映ゆくなって俯くと、指先で顎を優しく持ち上げられた。おずおず見上げると、自分を熱心に見つめるアーロンの琥珀の瞳とぶつかる。 「……エメラルドみたいな瞳だ」  目を(すが)め、少し低い声で呟かれると、何だか妙な気持ちがしてくる。 (あれ……? 僕、熱があるのかな? 身体が熱い。脈も呼吸も、さっきより速い)  首元を少し緩めようと、シャツのボタンを一つ二つ外すと、アーロンが息を呑んだ。彼はリオの腕を掴み、小屋に引きずり込む。 「アーロン! 何をするんだ!」 「リオ……、お前、オメガだったのか」 「ええっ? 僕はオメガじゃない! 発情期(ヒート)もないし、フェロモンが匂うって言われたこともないぞ!」 「これまで、ヒートなかったのか? ……今は、すごく良い匂いがする。そんな匂い振りまいて外にいたら、危ないぞ。お前も感じるはずだ。俺の、アルファの匂い(フェロモン)を」  彼が首元を覆っていた布をほどいて放り投げてくると、一気にアルファのフェロモンが立ち上る。リオは理由も分からないまま、その布を必死に抱き締めて鼻を埋める。その様子を見、アーロンは背負っていた袋から丸薬を取り出し、水筒の水で飲み下した。掌に薬を乗せ、リオにも飲むように促す。 「お前も飲め。抑制剤だ。早く飲んだ方が、ヒートの苦しさが多少マシになる」  ためらうリオに、アーロンは更に自分のチョハを脱いで渡した。彼のショールとチョハで自分の身体を包むと、気分が落ち着いた。 「そうやって、アルファの匂いのするもので自分を包むのは、典型的なオメガの巣作り行動だ。認めたくないかもしれないが、リオはオメガだと思う。こないだ会った時は、寒くてお互い鼻風邪を引いていたから、分からなかったんだろう。早く抑制剤を飲んだほうが良い」

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