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第6話 オメガ性の目覚め (2/3)

 欲情を孕んだアーロンの声は、低くて重い。その声が最後の引き金となり、リオは身体を震わせて前も後ろも達した。過去体験したことがある自慰や性交とはまるで違った。背筋に電気が流れるような強い快感に呆然としたリオは、うつ伏せに床に潰れた。  背後から、ぴちゃぴちゃと濡れた音がし始めた。振り返ると、アーロンが、リオの吐き出した白濁を擦り付けた自分自身を慰めていた。うっとりと目を細め、頬を軽く赤らめ、口をうっすら開きながら手で上下に扱いている彼の屹立の猛々しさに、リオはゴクリと固唾を飲む。 「ごめん、リオ......。あんまり良い匂いで、すごく色っぽくて。これ以上耐えられない。でも、お前には何もしないから......」  呻きながら手の動きを速め、彼も勢いよく精を放つ。その身をリオの隣に投げ出した。荒い呼吸で、汗だくになっている二人は、おずおずと視線を絡ませ、照れ笑いした。 「あー、オメガのフェロモンってすげえな。......いや、リオのは、特別に来るよ」  暫しの休息の後、呼吸や顔色が戻ったアーロンは、ちゅっと音を立ててリオの額にキスを落とし、身体を起こした。身支度を始めた彼に、リオは不安げに問い掛ける。 「アーロン、どこに行くの?」 「水と、食べられる木の実とか茸でも探してくる。水筒はあるんだが、たぶん足りないから。ヒートって、波があるだろ? 今は、ちょっと落ち着いたからさ」  リオの額に張り付いた髪を優しく梳いてやりながら、アーロンは微笑んだ。そして思い出したかのように表情を引き締め、自分の首からネックレスを外してリオの首に掛けた。まだ頭には(もや)が掛かったようだったが、リオは彼の掛けてくれたネックレスを見た。瞬時に、背筋に冷たい汗が伝う。そこに彫られていた紋章は、(わし)――。 「これは、アルゴンの王家の紋章......」  リオの呟きに、彼は真剣な表情で頷く。 「ティエラ王国に滅ぼされた、アルゴン王国の第二王子アーロン。それが俺だ」  幽霊を見るような眼差しで、リオはアーロンを見つめた。 「リオだから教えるが、この辺は、アルゴンの生き残りの隠れ家なんだ。俺の仲間が、一人でいるお前を見つけたら危ない。緑髪・緑眼の青年と言えば、ティエラのリオ王子だと、誰でも知っているからな。でも、これを見せれば、俺の庇護下だと分かるから、奴らは絶対何もしない」 「......僕が王子だって、いつ気付いたの?」 「小屋に引きずり込んだら帽子が脱げたろ。覚えてないか? ......初めて会った時から、本当は貴族の子弟だって気付いていた。言葉遣いが上品で教養があるからな。緑の髪で、リオ王子だと分かった時は、さすがにびっくりしたけど」 「アーロン、僕を殺すの......?」  リオは、表情の読み取りづらいアーロンの瞳を覗き込む。嵐の夜、二人はこの小屋で一夜を語り明かし、初めて会ったとは思えない親しみを互いに感じ、惹かれ合った。しかし、憎い敵国の王子だと知った今、彼は自分をどう思っているのだろうか。 「いや、リオに危害を与えるつもりはない。アルゴン攻撃にリオは関与していないと、俺は信じる。お前、供の者も連れず丸腰でここに来たんだろ? どこの誰だか分からない俺を友達として受け入れて信じてくれて嬉しかったよ。だけど、その行動は、一国の王子としてはあまりに無邪気すぎる。俺が悪い奴だったらどうするつもりだったんだ? そんな素直なお前が、他国をどうこうしようなどと考えるはずがない」  リオの軽率さを口では咎めながらも、アーロンの声は優しい。幼い弟を案ずるような表情を浮かべ、ネックレスと一緒に胸元の肌を愛おしげに撫でている。  しかし、彼がただ甘いだけの男ではないことは、次の瞬間がらりと表情を変え、厳しく言い放った言葉ですぐに分かった。 「エンリケは、両親と兄の仇だから、機会があれば絶対に殺す。でも、俺個人の復讐は奴だけで十分だ。父と兄亡き今、アルゴン王国再興を願う民の信に応えるのは、俺の役目だ。俺の国民のため、俺たちの土地と主権を取り戻したい。願いはそれだけだ。ティエラを奪ったり王家を根絶やしにしたりしたいわけじゃない。アルゴンの次の王として、他人のものを強奪するような、泥棒の真似をする気はない」  アーロンの眼差しは静かだが、揺るぎがない。彼は既にアルゴンの王だ。リオは思った。王としての責任を自覚し、覚悟と誇りを持って、その双肩に国民の希望を担っている。  同い年にもかかわらず、嵐の夜の初対面で、彼の迫力や殺気に圧倒された理由の一つは、これだろう。改めて彼我の差を見せつけられ、リオが押し黙っていると、不安がっていると思ったのか、彼は優しくリオの頬を撫でた。 「リオ。俺はお前が好きだ。だから殺せないよ。......じゃ、水汲みに行ってくる。俺が出たら、扉に鍵とかんぬきを掛けろよ」  優しい笑顔を浮かべ、彼は小屋の外へ出て行った。    『ヒート』の文字通り、高熱に浮かされたように頭がぼんやりする。リオは床に寝ころんだまま、アーロンと自分の違いについて考えていた。  生まれてこのかた、リオは、王としての期待を掛けられたことも、自覚を促されたこともない。むしろ下手に意識を高くすると、カメリア妃や兄から疎まれると、父も臣下たちも考えたのだろう。いわゆる帝王学のようなものを仕込まれたことはなく、一般的な貴族の子弟と同じ教育を受けてきた。  さっき自分を殺すのかと問うた時、「殺さない」という彼の答えに正直ホッとした。だが、「俺の国民のため」という言葉にハッとした。  リオは自分の身の安全しか考えていなかった。王族とは名ばかりで、国民のことは、どこか他人事のように思っていたのだと。  一昨年勃発したアルゴン王国との戦争では、当然リオも従軍した。しかし、あくまで『軍の一員』という意識でしかなかった。戦争に義はあるのか、『考える立場ではない』と言い逃れはできるかもしれないが、王である兄に次いでこの国を率いる立場として、真剣に兄を(いさ)めるべきかどうかなど、考えたことすらなかったのが事実だ。  ......もっとも、諫言(かんげん)しても、あの兄が自分の意見に素直に耳を傾けるとは思えないが。リオは、取り付く島もない兄の傲慢な横顔を思い出し、小さく溜め息をついた。

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