17 / 27

第17話 更なる試練 (1/2)

 シャンパンの栓を引き抜こうとすると、中の泡に押し出され、コルクが自ら飛び出し始める瞬間がある。リオの身体にも同じことが起こった。 (......あ。来た)  初めての経験だが、本能的に分かった。 「アーロン。僕、()きそう」  大切な秘密のように震える声で打ち明けると、アーロンは自分の唇を舐めた。獲物を前に舌なめずりするハンターのような表情にどきりとする。リオは言葉にならない小さく短い叫びをあげ、身体を痙攣させながら達した。だが、アーロンは律動をやめようとしない。 「ああああああ、あ、まだ達ってるっ、もうだめ、あっ」  恥ずかしいなどと考える余裕はなかった。譫言(うわごと)のように叫ぶリオの首筋に、アーロンは(やわ)く歯を立てた。 「リオ。次のヒートが来た時、もし二人とも生きてたら、俺の番になってくれ」  若い二人は、これが人生最初で最後の恋かもしれないという切なさに胸を(きし)ませながら抱きしめ合う。このまま互いの身体が溶け合ってひとつになってしまえば良いと願いながら、何度も真剣に愛し合った。 ***  運命の番が初めて(しとね)を共にした翌朝は、別れ難い二人の心を表すような涙雨だった。 「身体が冷えるのはきついが、今の俺たちにとって雨は好都合だ。火薬は使えないし、行軍が大変だから、両軍とも動かないはずだ。今のうちに、お互い一度帰ろう」  顔を曇らせて俯くリオの顎を、アーロンの指が捉えて上を向かせる。 「俺は必ずエンリケを倒す。そしてお前に結婚を申し込む。......俺はお前を、俺の運命を諦めない。必ず迎えに行くから、待っていて欲しい」  涙を堪えて頷いたリオは、愛しいアーロンの口付けを噛み締めるように受け止めた。  後ろ髪を引かれる思いの中、リオは甲冑を捨て、徒歩で移動した。単独移動する騎士の甲冑姿は目立つし、そもそも重たい。追い剥ぎに狙われるだけだとアーロンに説得された。  王都に戻ったリオが本来最初に行くべき先はエンリケのところだろうが、国内状況も知りたい。リオは、密かに大司教を訪ねた。 「リオ王太子。よく生きて帰られた。アーロン王との一騎打ちでの勇敢な戦いぶりは、騎士団の者どもの語り草であるぞ。  しかし、そなたの人気が高まるほど、エンリケ王は面白くないだろう。既に口さがない者は、『リオ王太子は最前線に立ち、堂々と一騎打ちした。しかも、相手はアーロン王だ。それに比べ、安穏(あんのん)と城に座っているだけのエンリケに王の資質はあるのか』と言っている。最近、活発に諸国と連絡を取っている様子なのも気に掛かる。くれぐれも注意されよ」  孫を見つめるように、優しく目を細めてリオを見、いたわるように肩に手を掛けた大司教は、エンリケについて言及する際、リオの耳元に近付いて声をひそめた。リオは表情を引き締めて頷き、一礼して彼の許を去った。その後ろ姿に向かって大司教が感慨深げに小さく呟いた言葉は、リオの耳に届くべくもなかった。 「『男子三日会わざれば(かつ)(もく)して見よ』とは聞くが、出陣前に比べると、急激に大人びた。やはり一国を背負う気概のある男は違う」  王者の風格を漂わせるようになったリオを頼もしく思う反面、たやすく自分にへつらう者の口車に乗せられるエンリケの虚栄心の強さを案じ、大司教は表情を曇らせた。  議会の会議場に辿り着いた時、血と汗と埃にまみれた軍服で現れたリオだが、衛兵は、美しい緑髪・緑眼に、すぐさま王太子だと気付いた。彼らは、若き英雄に(うやうや)しくお辞儀をし、会議場の扉を開いた。  ゆっくりとエンリケ王のもとへと歩み出したリオを、貴族たちは驚いた表情で見ている。 「リオ王太子だ......! 生きておられたのか」 「ますます凛々しくおなりだ」  誰もが、エンリケとリオを見比べた。  貂(てん)の毛皮で縁取りした深紅の華やかな天鵞絨(びろーど)のケープに、大きな宝石で飾り立てた指。髪の毛の筋一つ乱れたところなく、豪奢(ごうしゃ)に着飾ったエンリケ。  一方、質素で汚れた軍装に身を包み、小柄で華奢なリオ。  だが、漂う高貴さと(みなぎ)る気迫において、弟が兄を圧倒していることを、議場内にいた多くの貴族が感じ取っていた。  リオの勇敢な戦いぶりと、戦争に不慣れな貴族の子弟を励まし労う思いやりある人柄を子弟から聞かされていた貴族たちは、リオのシンパになっていた。彼らは、王を迎える時と同じ礼をもってリオを迎えた。 「このような乱れた服装を何卒お許しください、国王陛下。ティエラ騎士団団長リオ、ただいま帰参いたしました」  胸に手をあててひざまずくリオに、エンリケは立ち上がって両腕を広げた。 「よく生きて戻った、我が弟よ。戦場での獅子(しし)奮迅(ふんじん)の働き、兄として誇らしく思うぞ」  その声は、過去リオに向けられた中で、最も嬉しそうに弾んでいる。見上げた兄の顔には、カーニバルのピエロの仮面のような奇妙な笑みが貼り付けられていた。嫌な予感に胸がざわつく。 「騎士として、我が国に貢献してくれた我が弟よ。お前には、更に外交でも貢献してもらえるとあって、感激で胸が一杯だ」 「......お言葉の意味が、よく分かりません」 「リオ。お前のバース性はオメガだな?」  目を三日月のような弓なりに、口を反対向きの三日月にしたエンリケが、前置きなく放り込んだ爆弾発言に、リオは言葉のみならず顔色を失う。エンリケは、騒然となった議会を満足げに見渡した。

ともだちにシェアしよう!