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第21話 救いの騎士

 兄に命じられた嫁ぎ先・ルシアス国への移動の途中、リオは、兄が雇ったと思われる追い剥ぎに襲われた。彼らの狙いはリオ一人。無垢なままルシアス国へは渡さず、嫁ぐ前にごろつきに(なぶ)らせて汚してやろうという、卑劣な策に追い詰められた。  剣を捨てろと迫られたリオと、追い剥ぎたちの間には、緊迫した空気が漂う。  その時、追い剥ぎたちの背後の木々の間で微かな物音がし、チラリと何かが動いた。それが何か、考えもせず、反射的にリオは地面へかがみ込んだ。ひゅうっと空気を切り裂く音。彼らが振り返る前に、射られた矢で数人が倒れた。 「(きたな)らしい手でリオに触れるな!」  矢の射られた元から聞こえる鋭い声のほうへ顔を向けると、そこには、純白の羽飾りのついた冑、赤褐色のマントの騎士がーー。 「アーロン!」  リオは駆け出す。従者たちは、現れたのがアルゴンのアーロン王と気付き、青ざめたが、次の瞬間、彼が広げた両腕にリオが躊躇なく飛び込み、ひしと二人が抱きしめ合うのを見て、仰天した。 「どういうことだ? あのお二人は宿敵同士では?」  混乱する従者たちを尻目に、恋する二人は、強く口付けを交わす。 「ごめんな、リオ。本当はもっと早く助けたかったんだけど、お前を確実に救うには、このタイミングだと思って。怖い思いをさせて、ごめん」  大切な人に傷でも付いてはいやしないかと、真剣にリオの顔を撫で回して確かめるアーロンに、リオは涙でぐしゃぐしゃになった顔で言い募る。 「ああ、アーロン! あんな気持ち悪い男に嫁ぐのは僕の意思じゃないんだ! 他に想い人でもいるのかと兄に問い詰められてさ。こんな縁談を実の弟に持ってくる兄に、君のことを知られたら、彼は君に絶対酷いことをすると思って……。君を守るために、こうするしかなかったんだ」 「リオの意志じゃないのは分かってる。でも、他の誰にも、お前に指一本触れさせたくない」 「僕だって、君じゃなきゃ嫌だよ! 初めてを君に捧げてなければ、気が狂うかと思った。......もう、二度と会えないかと思ったよ」  間一髪で危機を逃れた興奮のあまり大胆な台詞を口にしたリオに、さすがのアーロンも頬を赤らめたが、リオが腕の中で少し落ち着いたのを見て、甘く囁き掛けた。 「言っただろう? 俺は運命を諦めない、必ず迎えに行くって」  続いて彼は神妙にリオに問いかける。 「リオ。お前は、アルゴン王国の再興に同意するか? もし同意するなら、俺は、お前がティエラの新しい王になるのを後押しする。共にエンリケを討とう」 「ティエラ王太子の名にかけて、僕が玉座についたら、アルゴン王国の再興を宣言すると誓う」  二人は、がっちりと男同士の握手を交わした。 「では、参りましょう。リオ様がアーロン様と手を組み、エンリケ王に反旗を翻して王都に入り次第、反国王派の貴族たちが一斉に蜂起することになっております」  アーロンの懐刀として、戦場でも常に傍近くに付き従う男の声は、リオには聞き覚えがあった。 「あっ、あの山小屋の時の方ですね......?」  ヒートに苦しむリオをアーロンが宥めていた時、小屋の外から呼び掛けてきた声だと気付き、リオは耳まで真っ赤になった。彼は涼しい顔で、そのことには触れず、必要な話を続けた。 「その後、あなたの臣下のトマス様と連絡を取り続けておりました。エンリケ王の治世は崩壊寸前だと。山がちな旧アルゴン領は、平地に暮らすティエラの民にとって、住みやすい土地ではない。併合して喜んでいるのは、武器や建機の商売で儲かるカメリア王太后の実家、宰相一族のみだそうです。宰相一族と、その傀儡(かいらい)で権力を私物化するエンリケ王に反発する貴族は以前から多かったとのこと。ましてや今回、ティエラの英雄であるリオ様を、他国の皇太子と言え、倍も年が離れている男の後妻にやるなど、血の繋がった弟君にすら冷たい男だと、一気に人心が離れたようです」  隣に立っているアーロンと繋いだ手から伝わる温かさも、リオに勇気を与えてくれる。彼と視線を交わして頷き合い、リオは力強く宣言した。 「さぁ、帰ろう。我がティエラの王都へ。エンリケが過ちにより苦しめたアルゴンの民を解放するため、そして正義を()すために!」  一同は(とき)の声をあげた。

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