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第22話 いざ正義の戦いへ

 アルゴンの騎士が、リオに恭しく包みを差し出す。開けてみると、ピーコックグリーンの軍装仕立ての上着だった。リオの一番好きな色だ。 「王都にお戻りの際は、ぜひこちらをお召しになっていただきたいと、王太子の臣下の方々から承りました」  エンリケが用意した嫁入り支度に不満げな表情を浮かべていたトマスやメイドたちが、どんな思いでこれを用意したかと思い、リオは胸が詰まった。  やおら着替え出したリオを見て焦ったのはアーロンだ。 「ちょ、おい、リオ! 人前だぞ!」 「僕は男だぞ? 別にいいだろ、戦場なんだし」 「......お前は良くても、俺は気にする。おい! リオの着替えを見るなよ!」  両国の騎士たちが、リオの白い肌にときめいたのも束の間、『見た奴は殺す』と言わんばかりに凄むアーロンの目つきに、彼らは慌ててリオに背を向けた。アーロンは、溜め息をついて自分のマントを脱ぎ、衝立(ついたて)のように広げてリオを隠した。 「全く......。リオを花嫁に迎えたい各国の王族が、どれだけ競って支度金を釣り上げたか、知らないだろ。ティエラの花と言われたお前の母上似の可憐な美貌と、エメラルドの髪と瞳の美しさは、外国でも有名なんだぞ......」  俺の気も知らないで、と、ブツブツ嘆くアーロンをよそに、リオはテキパキ身支度を整えた。 「さぁ、行こう! 王都へ」  アーロンとリオは、並んで馬を走らせる。凛々しい二人の若武者の後ろには、鷲の紋章が躍るアルゴンの赤い旗と、金獅子が後ろ足で立ち上がるティエラの蒼い旗がはためく。 「反エンリケ派の貴族たちと合流するまでが肝要です。エンリケ王の私兵がおりますゆえ」  二人は、引き締まった表情で頷く。  予想通り、王都の入り口には、エンリケの私兵部隊が待ち受けていた。 「......まだ、僕らの味方は来ていないようだな」 「ならば、道を切り拓くのみ!」  アーロンとリオは、鞍上で槍を握り、先陣を切って駆け出す。臣下たちも、我らが王を守れと二人に続く。 「アーロン! 一人は、僕に任せろ!」  複数の騎士に囲まれかかっているアーロンに、リオが助太刀する。王族の二人が一緒にいるのだから、功を焦る兵士たちがチャンスとばかりに押し寄せる。しかし、二人は互いに背中を任せ合い、息の合ったコンビネーションで、次々と敵を倒していく。 「お二人は、なぜ、そんなに息が合い、信頼し合っておられるのですか? 敵国の王子同士なのに」  不思議そうに首を傾げるリオの従者に、二人は答えた。 「だって、俺たち運命の番だし」 「それに、真剣勝負もしているから。お互い何を考えているか、だいたい分かるよね」  唖然とする従者の後ろでは、アーロンの臣下が、うんうんとしたり顔で頷いている。 「確かに、お二人が過ごされたヒートの夜は、熱かったですよね」 「橋の上での真剣勝負も、お見事でした。アーロン様はアルゴン騎士団でも指折りの猛者。なのに、リオ様は全く怯まず、堂々とした戦いぶりでした。特に剣の技は素晴らしい」  臣下の言葉に、アーロンは微妙に鼻の下を伸ばしたが、リオは頬を真っ赤に染めて叫んだ。 「王族とは言え、プライバシーを求める! 僕たちの閨のことは口にするな!」  お膝元に攻め入られたとあって、エンリケの私兵たちは浮足立っている。数は劣るものの、精鋭揃いのアーロンとリオの騎士たちは勇敢に戦う。乱戦は双方の戦力に損害が出る。正義のためとは言え、前途ある若者の死に、リオは慣れることはない。唇を噛み締め、槍を強く握り直す。  しかし、リオが、アルゴン王アーロンと共にティエラに戻ってきたこと、反エンリケ派の貴族たちが続々とその勢力に加わりつつあり、国を覆しそうなことは、短い間でティエラ中の貴族たちの知るところとなった。エンリケを快くは思わないが態度を保留していた者や、利に敏い者は、いち早くリオの許へと駆け付けた。  王宮に近付いた時には、リオの率いるティエラ騎士団とアーロンの率いるアルゴン騎士団は、かなりの規模になっていた。    カメリア王太后は修道院へ送ることとした。事実上の幽閉である。一方、王太后の親族である宰相らは、長年に渡り権力を濫用して私腹を肥やし、自分たちの邪魔者を不当に罪に処してきたことから、法による裁きに委ねようとリオは考えていた。  だが、宰相家に派遣したティエラ騎士団は早々に手ぶらで帰ってきた。 「ご報告申し上げます。宰相家に行ってまいりましたが......。既に、宰相、その父と弟。三名とも私刑(リンチ)に遭い、殺害された後でした」  彼らの表情から私刑の惨たらしい様子を察し、リオは顔を曇らせた。 「ここまで彼らに対する不満が溜まっていたとは......。もっと早く決断すべきだった」 「リオ。この調子だとエンリケも危ないぞ。王宮に急ごう」  アーロンに促され、ハッと気付いたリオは、緊張した面持ちで頷き返した。

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