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第23話 兄弟の最後の対決
王宮の入口は、少数ながらも忠実な近衛兵が守っていたお蔭で、まだ踏み込まれていない。彼らは、エンリケの弟であるリオと敵国の王アーロンが肩を並べて現れたことに戸惑いの色を隠さず、二人の顔を交互に見やる。
「君ら王宮付きの近衛兵は、僕を知っているだろう。兄上と話したい。ここを通してくれ」
「国王陛下から、王太子殿下はお通ししないようにと命じられております。どうかお引き取り下さい」
リオは剣を抜き、彼らに凄んで見せる。
「兄上の所業には、もう神の裁きが下っている。僕は王家の一員として、彼に最期の引導を渡しに来た。通してくれなければ力ずくでも通るまで」
リオの迫力に気圧され、彼らは慌てて王宮の門を開いた。
殆どの臣下が逃げた後なのか、静寂が王宮内を満たし、うら寂しい空気が漂っている。リオは真っ直ぐ玉座を目指した。兄がいるのはそこしかない。根拠のない確信があった。
予想通り、彼は玉座に座っていた。一段高いところから、二人を見下ろしている。
「リオ。お前、悪運の強い男だな。今ごろ、ルシアスのごろつきに犯されて、その辺で野垂れ死んでる頃だと思ったんだがなぁ」
「悪運ではございません。天命が、私をここに導いたのです」
鼻で嗤う兄に、リオは静かに問い掛けた。
「兄上。最期にお聞かせください。あなたは、なぜアルゴン王国を攻撃したのか?」
「退屈だったからだ。王になったのは良いが、平和だと、俺の軍隊の使いどころがない。これだけの武器と兵力があり、一国を滅ぼす力が俺にあるのだと実感するのは、ぞくぞくする楽しさだった」
声を立てず、くっくっと笑うエンリケの目は糸のように細い。
「......傀儡 だった自覚すらないのか。救いがたい馬鹿だな」
これまで黙っていたアーロンが初めて口を開いた。
「俺が馬鹿だと? 聞き捨てならん!
......その派手な鳥みたいな格好は、旧アルゴン王家の次男坊か」
「その通り。我々アルゴンは山と森を住まいとする。戦時は森の王者たる鷲 の姿で国王が最前線に立つのが我らのプライドだ。お前のようにチャラチャラ着飾って、安全な城に隠れているだけの臆病者とは違う!」
親兄弟の仇と対面したアーロンは落ち着いてはいるが、厳しくエンリケを糾弾する。だが、エンリケはニヤニヤと笑みを浮かべ、人差し指で自分のこめかみを叩く。
「俺は頭を使うのが仕事。作戦を立てて、軍と臣下を動かす。お前の両親や兄を殺したのも、お前たちの国にはない大砲を、いち早く取り入れた、経済力と先見の明の勝利だ」
ハッ、とアーロンは鼻で嗤う。
「経済力と先見の明ねぇ......。お前の爺さんと伯父さんが肥やした私腹で、隣の大国に金払って大砲作る技術買っただけじゃないか。お前が自分で考えて実行したのは、血の繋がった弟を、親ほど年の違う助兵衛 に高く売りつける算段だけだろ!? 馬鹿なだけでなく、非情で卑劣とは、男の風上にも置けぬわ!」
ばっさりと切って捨てられ、さすがにエンリケも怒りを露わにした。顔色が赤くなったり青くなったり、めまぐるしく変化し、身体がぶるぶると震えている。
「剣で勝負しろ、エンリケ! お前の弟は、俺と立派に一騎打ちしたぞ。両国の騎士団はみんな知っている。ここで逃げるなら、ティエラの王は、お前ではなく、リオだな」
「ティエラの王は、今もこれからも俺だ! ......俺が手に入れたのは、王冠だけだからな。歴代国王と同じ髪と瞳も、父上の愛も、臣下からの尊敬も......。王冠以外の全てを俺から奪ったのは、リオ、お前だ!!」
怒りに目を光らせ、エンリケは、剣を振りかざしてアーロンに襲い掛かる。アーロンは鮮やかに懐に飛び込み、エンリケの胸に剣を突き立てた。
「ゴフッ」
「王冠以外の全てを僕が奪った、と仰いましたね。あなたには、賢明なる国民たちと、この大地 があったのに」
悲し気な弟の呟きに、兄は一瞬目を見張り、弟を見つめ返した。物言いたげな表情を浮かべたが、口から血を吐き出し無言で倒れた。弟は兄の頸 に触れ、既に事切れていることを確認し、その瞼を閉じさせた。
「さようなら、兄上」
遂に、一度も心から笑い合うことはなかった。血を分け合った唯一の兄を失い、リオの胸中には、言葉にできない複雑な思いが去来した。そんな気持ちを察し、アーロンが背後からそっとリオの肩を抱く。
「立派だったぞ、リオ。こんな男とは言え、二十年も兄弟として生きてきた、ただ一人の肉親だ。きつかっただろう」
「......うん。でも、兄上に人道的で名誉ある死を与えるには、これしかなかったからね。僕の精一杯の愛情だよ」
リオの眦 から、一筋の涙がこぼれた。
扉が開き、ティエラとアルゴンの騎士たちがどっと入ってきた。
「リオ様! アーロン様!」
彼らも事切れたエンリケを見て言葉を失った。そして全員が冑を脱ぎ、ひざまずいた。
「リオ国王陛下のご即位を、お祝い申し上げます」
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