24 / 27

最終話 運命は伝説へ

 私邸に戻ったリオは、トマスらと涙の再会を果たした。彼らは片付けと称して、リオの私邸にまだ残っていたのだ。これからも自分に付いてきて欲しいというリオの言葉に、全員が首を縦に振った。 「こんな老いぼれが国王陛下のお(そば)付きでは、諸外国や貴族たちに示しがつかないのでは? もっと若くて身分が高く、優秀な方が、幾らでもいらっしゃるかと......」  トマスだけは少し尻込みしたが、リオは頑として譲らなかった。 「トマス、お前より有能で忠義心の篤い臣下など、いるわけがないよ。これからも、僕の一番の味方でいてくれなくては」 「......今や、国王陛下の一番の味方は、アーロン陛下では?」  思わせぶりなトマスの口調に、リオは頬を赤らめ、リオの一番の忠臣に認められたアーロンは嬉しそうに目を細めた。  二人は、表情を改め、両手を取り合った。 「ティエラ国王として、我が国が占拠した旧アルゴン領土をお返しします。アルゴン王国の主権の復活、ひいてはアルゴン王国の復活を宣言します」 「ありがとう、ティエラ国王よ。アルゴン国王として、ご英断に感謝する。......もう一つ、貴殿にお願いがある」  キョトンと首を傾げたリオに小さく口付け、アーロンは優しく囁いた。 「リオ、俺の番になってくれ。結婚しよう」 「アーロン......。僕を諦めないでくれて、ありがとう。僕を、君の番にしてください」  大きな瞳を潤ませ、唇を震わせながら答えたリオを、アーロンは、二度と離さないと言うかのように強く抱きしめた。 「ちなみに、俺の国は、壊滅から復興するところだから、(かね)はない。お前に新しい離宮を立ててやるどころか、宝石や馬車を買ってやることもできないと思うけど……」  少し悔しそうなアーロンに、リオは悪戯っぽく微笑み返した。 「ティエラも似たり寄ったりだよ。ルシアス国との縁談を、僕が断っちゃうから、産業復興は長い道のりになりそうだ。でも僕は、君と一緒なら、雨風がしのげる山小屋一つと、濡れた服の代わりに着る麻袋が一枚ずつあれば良いよ」 「まるで出逢った時の俺たちと一緒だ。……そうだな。俺たち、何も持ってないお互いを好きになったんだもんな。  力を合わせれば、きっと何とかなる」  二人はクスクスと笑いながら額を合わせ、嵐の夜の出逢いの結実を共に喜んだ。  リオの戴冠(たいかん)と、アルゴン国王アーロンとの婚儀は同時に執り行われることとなった。国民や諸外国に何度も負担を掛けたくないという、リオの強い希望によるものだった。大司教により王冠を授けられ、婚姻の誓いを立てたリオは、アーロンとともに正装で宮殿のバルコニーから国民の前に姿を見せる。バルコニーの手前で、臣下がアーロンに一輪の白い花を手渡した。 「あっ、リオ。これを」  リオの耳の上に、その花を飾る。豊かな緑髪に映え、楚々(そそ)とした若い王を飾るのにぴったりだ。 「ありがとう、アーロン。良い香りだね」  にっこり微笑むリオの耳元に、アーロンは口を寄せ、内緒話のように囁く。 「リオがヒートの時のフェロモンは、この花の香りにすごく似てるんだ。......今後は、俺しか知らない秘密だな」  ヒートのことを口にされ、リオは頬を真っ赤に染めた。二人はまだアルファとオメガとして番の契りを交わしていない。婚礼後にヒートを迎えたら、その時こそと約束している。 「リオ国王陛下、アーロン国王陛下、万歳!」 「ティエラ王国、アルゴン王国、万歳!」  若く美しい二人が両国民の前に姿を現すと、自然に祝福の声があがった。手を振って応えるアーロンは白い歯を見せて嬉しそうに笑う。 「いっぱい子ども作って、賑やかな家庭にしような」 「産むのは僕なんだからね? 公務もあるし、ちゃんと計画的に作らないと」  ジト目を返すリオに、アーロンは無言のまま口付けた。早速アツアツな様子を披露した若きロイヤルカップルに、国民から歓声があがる。  バルコニーの陰では、遂に結ばれた二人のこれまでの苦難を知る腹心の臣下たちが感涙にむせんだ。 「ああ......。リオ様のご両親に、これで、ようやく顔向けできます」  人目を憚ることなく目元をハンカチで拭うトマスの肩を、大司教が優しく叩く。 「トマス、この調子だと、あのお二人にはすぐお子ができるぞ? そなたは『じいや』として、ますます忙しくなるな」  滅多なことでは感情を露わにしない大司教も、よほど嬉しかったのか、トマスに話しかけながら目を潤めていた。 ***  その後、賢明な王が治める両国は、近隣諸国とも友好的な関係を保ち、平和のもと、産業や文化は大いに発展した。アーロン王とリオ王は生涯仲睦まじい夫夫で、二男二女の子宝にも恵まれた。子どもたちも近隣国の王族と円満な結婚生活を送り、一族は末永く繁栄した。  二人がめぐり逢った森の名は、奇しくも「運命(フォルトゥーナ)」だった。  嵐の夜に、互いの顔も立場も知らず出逢った敵国の王子同士が運命の番として結ばれた奇跡の恋物語は、『フォルトゥーナの森で嵐の夜に出逢ったアルファとオメガは運命の番として結ばれる』という民間伝承へと結実し、ティエラ・アルゴン両国に永く語り継がれたのだった。 【完】

ともだちにシェアしよう!