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第21話
細い指がシュルリと自らのネクタイを解き、既に脱いで椅子にかけられていたブレザーの上に重ねられる。
一つ、二つ。その指がシャツのボタンを外すたび露になっていく白磁のように白い肌。
きちんとアイロンをかけられた真白なシャツがするりと肩を滑り落ち、ついには上半身全てをさらけ出した美鳥は、皺にならないようにそれも椅子にかけてから俺に向き直った。
「美鳥 、いいか?」
「……うん。」
恥ずかしそうに視線をさまよわせる美鳥に俺は一歩近づく。
互いの吐息すら感じられるほど身を寄せて、俺はゆっくりと美鳥の腰に手を回した。
ぴくりと小さく肩が震えたのはくすぐったさか、それとも羞恥か。どちらにせよ今更やめることなんてできるはずもない。
震えた身体も、その耳が赤く染っていることも見なかったふりをして、俺は――
手にしていたメジャーをびっ、と引っ張り出した。
「じゃあ、ウエストからいきますよー。」
試着コーナーとして区切られているカーテンの向こうに聞こえるよう、俺は若干声を大きくしてメジャーに示された数字を読み上げる。
細っ、というメゾソプラノがカーテンの向こうから聞こえてきたので、どうやら声は届いているようだ。俺は美鳥の腰に巻き付けたメジャーを緩め、今度はそれを胸に巻き付け胸囲を読み上げる。
昨日、良くも悪くも話はまとまりスケート部なるものを結成してしまった俺達だが、今後の為にと晃が美鳥にいくつか質問をする中でそれは発覚してしまった。
『美鳥君、次の大会の衣装決まってる?』
金銭的な事は全て把握しておきたいと投げられた問いに、あろう事か美鳥は私服で出るつもりだと告げたのだ。
出場するのはあくまでも地区大会で、テレビで見るような規模のものではないらしいのだが、それでもさすがに私服は無い。俺も晃も、木崎すらもその場で美鳥にツッコミを入れた。
最後の大会になるかもしれないとなればなおさらだ。
そんなわけで、我がスケート部(仮)の部長様が手筈を整え昼休みに被服室に向かうように言われたわけだが……そこで待ち構えていたのは一人の女子生徒だった。
彩華の制服をオーダーメイドかのように一部の隙もなくきっちりと着こなし、三年生である事を示すモスグリーンと赤のストライプのリボンではなく何故か同柄の男子のネクタイを締めた手芸部の部長こと三笠 先輩は、被服室を訪ねるなり自己紹介もそこそこに教室後ろにある試着スペースへと俺達二人をおいやった。
「三笠先輩、あとどこです?」
『手首の太さと、あと手首から中指の付け根までの長さも測って!』
先ほどからカーテン越しに飛ばされる細かい指示に、俺は参考資料として渡された初心者向けの洋裁雑誌のページと示し合わせながら、美鳥のあらゆる場所のサイズを測定させられている。
俺も一緒に行けなんて言うからおかしいとは思ってたんだ。まぁ知らされていたところで俺に拒否権なんてないので、スケート部の部長にも、手芸部の部長にもこうしていいように使われるしか道はない。
ちなみに晃は選挙用のポスター作成の為にパソコン部に用があるからとか何とか言っていたが……俺に押し付けて逃げたに違いない。
先程からくすぐったそうに身をすくめる美鳥に申し訳なく思いつつも、俺は早く終われと心を無にしてひたすらにメジャーの数字を読み上げた。
そうしてようやくお許しを得て、俺は着替える美鳥を残し一足先に試着スペースのカーテンをくぐる。
疲れた。どっと疲れた。
盛大にため息をつきたかったところだが、制作台にスケッチブックを広げ早速作業に取り掛かっている三笠先輩の姿が目に飛び込んできて、俺はあわてて吐息を飲み込んだ。邪魔にならないよう、制作台の端にそっとメジャーを返却する。
晃曰く、三笠先輩は学生対象のデザインコンテストに勢力的に参加しては、常に何らかの賞を受賞しているような人らしい。将来は自分のブランドを立ち上げることが夢らしく、衣装製作を打診したところ、やりたいと即答してくれたそうだ。
「……ニュースで見てはいたけど、綺麗な子だよね。」
部屋の隅で待たせてもらうかと足を踏み出しかけたのだが、スケッチブックに鉛筆を走らせながらポツリと漏らされた声に俺の足はその場に踏み留まる。
「見た目もそうだけど、多分内面が純粋で綺麗なんだろうね。」
「あー、それは。わかります。」
なんとなく美鳥本人に聞こえないよう、俺は声のトーンを落とした。
見た目に関しては美的センスのない俺にはなんとも言えないが、内面に関してはそう思う。
子供みたいに純粋に泣いて、笑って。
美鳥飛鳥が見ている世界は、多分きっと誰よりも綺麗なんだろう。
「ああいう子って、男の視点からするとどう映るの?」
「へ?どう、って…」
言葉につまる。なんとも難しい質問だ。
これが衣装の参考になるのかどうかは謎だが、俺は試着スペースを視界の隅に捉えながらぼんやりと考える。
「ただ凄い奴だなとしか。自分を貫くためにここまで出来るのは、素直に尊敬しますよ。」
これが正直なところだ。
そのはずだけど……自分の言葉が、何か胸に引っかかった。
先輩はふーん、と呟きながら、スケッチブックに線を引いていく。
「君や藍原君にここまでさせるんだから、それだけ魅力的な子って事か。」
「……そう、ですね。」
魅力、尊敬、確かに全て当てはまりはするのに、何か足りない気がしてならない。
俺は、美鳥飛鳥という存在に何を思って手を貸そうとしているのか。
それはとても重要な事のような気がしたのだけれど、
「櫻井君、おまたせ。」
ふいにカーテンが開いて姿を現した美鳥に、俺の思考はそこで中断された。
「どうかした?」
「あ、いや。」
まぁ、こいつが笑ってればそれでいいだろ。
そんな安直な思考で結論づけて、見ないように蓋をした。
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