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第28話

「あ、あの、こ、ここっ」 はくはくと開く口からは、言葉にならない音が漏れる。 俺は美鳥の背中に手を回し、落ち着けと撫ぜてやった。 「とにかく一度聴いてみろよ。」 ロボットみたいに固まった美鳥はこくこくこくと盛大に首だけ動かして、ベッド脇の棚に置かれていた小型のCDプレーヤーを手に取り、俺の前に座り直した。 心配になるくらい震える指で何とかケースからCDを取り出し、プレーヤーにセットする。 「美鳥が編集してた通りに弾き直してる。それでも、今までの方が使いやすいなら無理して使わなくていいから。」 両耳にイヤホンをはめながら美鳥はこくりと小さく頷いた。 深呼吸を何度か繰り返し、それでも震えの治まらない指で再生ボタンを押す。 イヤホンに手を当て、そっと瞳を閉じて音に集中する美鳥を俺は黙って見守った。 「……っ、…」 静まり返った部屋に、小さな嗚咽が漏れる。 眉間に皺を寄せ、口元を手で抑え何とか耐えようとしているけれど、美鳥の身体は小刻みに震え、嗚咽は次第に大きくなっていく。 思えば、俺はこいつの泣き顔ばかり見ている気がするな。 震える背中をあやす様に撫ぜれば、美鳥の身体は小さく跳ね、閉じられていた瞳が開かれる。指で拭ってやっても、大きく見開かれた亜麻色からはぽろぽろと涙が溢れた。 「っ、……ぁ、……」 震える指が俺のシャツを掴む。 こいつはこの曲から何を感じとっているんだろう。 四分三秒の間、俺は白い頬を伝う雫を眺めながら、優しくその背中を撫ぜ続けた。 しゃくりあげていた声が小さくなって、呼吸が穏やかになっていって。 ようやく涙の止まった目蓋を指で擦ってから、美鳥はイヤホンを外した。 泣き腫らした亜麻色が、真っ直ぐに俺を見つめる。 「ごめん、なさい。……言葉が、出てこない…。なんて伝えていいのか、言葉が見つからない……」 「別にいい。感想聞きたくて弾いたわけじゃないしな。」 言葉で聞かずとも、美鳥の頬を伝ったものを見ればわかる。 俺にはそれで十分だった。 気にするなと頭を軽く叩いてやれば、美鳥はふるふると首を横に振る。 「……ど、して。僕にこんなにしてくれるの?僕は、櫻井君に何も、……何も返せないのにっ、」 膝に乗せた拳を握りしめ、小さく震える美鳥の瞳にはまたじんわりと滲むものがあった。 こぼれ落ちる前に、指を伸ばして拭ってやる。 「返すも何も、俺が先に貰ったんだよ。」 「何、を……」 「何かしてやりたいと思った。そう思わせるだけの演技をお前は見せてくれただろ。」 たとえ周りから評価されないものだったとしても、それでも俺にとってはそれだけの価値のあるものだった。 あの演技に見合う音を。それは、俺にしかしてやれない事だと思ったんだ。 「晃みたいに上手くは手助けしてやれないし、こんな事くらいしか出来なくて申し訳ないけどな。」 「っ、そんな事!」 美鳥の手が俺の手を掴む。握りしめられた両の手からじんわりと熱が伝わり、俺の手に溶けていく。 そのあまりに必死な態度に思わず口角が上がってしまった。震える指を俺も握り返してやる。 「とにかくそれはお前の演技を見て、俺が勝手に作ったものだから。その曲を使うも捨てるも美鳥の好きにしていい。」 「そんなの、決まってる。……この曲がいい。このMidoriで僕は滑りたい。」 ピンと背筋を伸ばした美鳥は俺の目を真っ直ぐに見つめ、そうして深々と頭を下げる。 「……ありがとう。」 その声も、触れる手も小さく震えていた。 俺は繋がれたままだった手を引き、その身体を抱き寄せる。美鳥は引かれるままに俺の肩に顔を埋めた。そろりと俺の背に回された手が、ぎゅっとシャツの裾を捕む。 じわり広がる体温に、何故だか胸が苦しくなった。込み上げてくる何かに耐えるように互いに無言で抱きしめあう。 この衝動になんて名前をつけていいのかわからないまま、俺達は互いに見つめ合い、そして 二度目のキスをした。

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