83 / 92

第70話 飛鳥と色

「美鳥君!」 「っ、藍原君!」 表彰式で湧くリンクを出て、ロビーで再会した二人は駆け寄って互いにぎゅっと抱き合った。 「感動したっ。……選手生活お疲れ様。」 「ありがとうっ、本当に、っありがとう。」 飛鳥は声をつまらせながら、(あきら)に、それからそれを見守る木崎に(すい)さん、そして俺に。ありがとうと5文字の言葉を繰り返した。 ゆっくり話す時間も、感傷に浸る時間も俺達にはあまりなかった。 予想以上にマスコミの動きが早いようで、取り囲まれる前にと早々に会場を後にした俺達は、先行して宿泊予定だったビジネスホテルの様子を確認してくれた彗さんの報告からそこでの利用を諦めた。 晃が不在の間学校での対応を任せていたらしい生徒会のメンバーから取材依頼が鳴り止まないとの連絡もきて、帰ることも難しくなった俺達は完全にマスコミをシャットアウト出来る場所をと思案した結果、今はこうして俺が持つ最終手段を使って国内最高級ホテルのラウンジにいた。 「くそっ、支払いはもう済んでるとさ。」 俺は馴染みの支配人といくつか話をした後、手渡されたカードキー二枚をラウンジのテーブルに叩きつけ、そのままソファーに腰を下ろした。 「まぁまぁ。非常時なんだから甘えちゃおうよ。櫻井誠一(さくらいせいいち)の名前がなかったら、この時期予約無しで部屋空けてもらうなんて無理だし。そもそも残り少ない部費で支払える金額じゃないし。」 ねー、と晃が隣を見やれば支払いは引き受けると口にしていた木崎は気まずそうに視線を逸らしつつもほっと胸をなでおろしていた。 俺の隣に座る飛鳥は、先程からキョロキョロと落ち着かない様子で辺りを見回し、恐縮しっぱなしだ。 「僕のせいで、ごめんなさい。」 「別にお前のせいじゃないんだから気にするな。もともと一部屋は急な来客や息抜き用にって親父の名前で年間通して借りてる部屋だし、好きに使っていいとは言われてたからな。」 夫婦喧嘩の際の母親の家出先でもあるという事実は櫻井家の威信のため伏せておくが、とにかくそんな時くらいしか利用しない部屋だ。使わない方がもったいないと言えば、その緊張した面持ちがほんの少しだけ弛緩した。 ちなみに、金持ちはやる事が違うなという木崎のボヤキは完全に無視だ。 マスコミの入ってこられない場所を探さなくてはとなった時に、俺は真っ先にこのホテルの存在を思い出し、いまだオーストラリアに滞在している父親へ連絡をとった。 友人がマスコミに追われてるとざっくりとした事情と人数を伝えて通話を切れば、数分後には部屋を手配してもらったと折り返しがきて現在に至る。 晃の言う通り非常時なんだから利用できるものは利用すべきで、これが最善策だとわかってはいる。わかってはいるが……自分がいかに子供で無力なのかと思い知らされて、胸中は複雑だ。 それでも、今は俺個人の意地やプライドなんていくらでも捨ててやる。俺にはこれくらいしかしてやれないから。 「とりあえずここにいれば安心だろうけど、いつまでも隠れっぱなしって訳にはいかないぞ。」 「わかってるよ。こっちにも色々と準備ってものがあるの。とりあえず今日一日時間が欲しいんだ。」 うちの参謀様には考えがあるようで、そう言われてしまえば俺はその意味深な笑みを信じるしかない。 木崎はおそらくある程度聞かされているのだろう。先程から俺達、と言うより晃の意見に異を唱えることは無く、好きにさせているようだった。 「明日からの事で色々と話をしなきゃなんだけど……一旦、今日は全部忘れよ!」 晃の大きな瞳が俺と飛鳥を映して優しく細められる。その手がテーブルに放り出されていたカードキーにのばされ、そのうちの一枚を俺たちの方に寄越してきた。 「明日からの話より先に、二人には話さなきゃいけない事があるでしょ?」 言うが早いか晃は残されたカードキーを手に取り、その場に勢いよく立ち上がる。 「おい、藍原何勝手に、」 「はいはい、木崎ちゃんは何も見てない、知らない、でしょ。」 「だからって易々と二人きりには…」 「ほら、行くよー。」 無理やりに木崎の腕を引き、何やら飛鳥に意味深にパチリと片目を瞬かせてから、晃は誰の言葉も聞かず早々に木崎を引きずりその場から立ち去ってしまった。 ヒラヒラと手を振りながら小さくなる後ろ姿を俺も飛鳥も呆然と見つめるしかない。 急ぎで二部屋を用意してもらった為、互いの部屋は離れた階にある。俺はテーブルに残されたままになっていたカードキーに視線を落とし、それからチラリと隣を見る。 いまだ緊張気味に背筋を伸ばし視線をさまよわせているのは、慣れない環境のせいか、それとも…… 「嫌なら無理すんなよ?」 ピクリと、飛鳥の肩が震える。 「やっぱり晃と部屋変わ……」 言葉を遮るようにのばされた細い指が、俺のジャケットの裾を引いた。 不安そうに揺れる亜麻色が俺に向けられる。 「……話したい事、たくさんあるんだ。」 か細く漏れたその言葉に、俺は小さく頷いて震えるその手をとった。

ともだちにシェアしよう!