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第2話 ※浴尿

 夜中に誠二と合流した俺は、キャンプでもするかのような大きなリュックサックに懐中電灯姿だった。  誠二の方は、これから何が起こるかだなんてまるで考えていないので、パーカーにジーンズと軽装だ。  懐中電灯どころか、ライターくらいしか持って来ていない。「そんなに用意するなんてどんだけチキンなんだよ」と笑われたが、今はそれも仕方ない。  秋風が吹くと木々の擦れる音が鳴り、まるで本当に肝試しっぽく、内心ドキドキする。  鬱蒼とした森はもう人の手が入っておらず、廃墟の存在を隠す。目的地のホテルは、そんなところにあった。 「うへー……。ケッコー雰囲気あんな。ったく、これなら女子とか脅かし放題なのに、なんで誰も呼ばねーんだよ」 「しっ、しぃー……今の聞こえた?」 「あ?」 「若い女性みたいな声……もしかして……幽霊になってもヤることはヤってたり?」 「くっだらねぇ! 死ね童貞!」  軽いジョークを飛ばせば、ぷりぷりと不機嫌になって誠二の方が先を歩き始めた。俺もその後を追う。  ホテルの中は割れたガラス窓に、風化して埃と泥まみれの床。度重なる雨風で朽ち、衛生状態は極めて悪い。廃墟そのものだ。  そして探索を進め、最奥の広い部屋に来た。  さすがにもっと灯りがないと危なっかしいと思い、電気が点く場所を探してスイッチを点ける。 「うおっ……!? な、なんで無人なのに電気点くんだよ」 「さあ……。もしかして、一部は残して新しい宿とかに再開発とかするんじゃないのかな。最近はそういうのも外国人やマニア向けに需要があるっていうから」 「こんなボロ屋を再開発……? そんなことがあれば、まずは親父に話がいくはずだけどな」  誠二の読みは正しい。俺も初めは、廃墟としてもう十数年は経っている場所のライフラインが、一部とはいえ整備されているだなんて、とさすがに不審には思った。  だが、誠二に復讐すると決めてから、数ヶ月間はここを観察し、自分でもたまに侵入しては探っていたが、出入りする人間など誰一人としていないことは確認済みだった。 「あ……でも、なかなか良い部屋だな。スイートか?」 「たぶんそうだろうね」 「はぁー、にしてもやっぱ今は何もねぇのな。なんで潰れちまったんだろ……ま、ちょっと頑張れば人通りは多いところに出られるし、こんな田舎までわざわざヤりに来る奴はいねぇか」  肝試しにしても、廃墟巡りにしても、特に何も物珍しいことはなかった。  誠二はつまらなそうに壁に寄りかかると、煙草を吹かし始めた。  脱色やピアスはまあお洒落の範囲内で許せるにしても、いつの間にやらこんな風に大人の真似事までして、ずいぶんチャラついた奴になった。  そして用もなくなったのだから早く帰ろうと、煙草をその場に落とすと靴で火をにじり潰した。 「煙草のポイ捨てはやめようよ」 「あ? うるせぇな。俺に命令してんじゃねぇよ。こんなとこ、どうせ誰も来ねぇんだし……このくらい見逃せよ、この堅物」 「……誰も……そう、誰も来ないね……」 「なんだよ」 「ううん、別に」  生意気な口を叩いていられるのも今のうちだ。  この日の為に俺はスタンガンを用意していた。体格差のある俺と誠二では、タイマンを張ったところで勝ち目がないことは重々承知だ。  だから少しくらい卑怯な手だって、誠二を屈服させる為なら何だって使ってやる。こうでもしなければならない自らの非力さは、頭が来るほどにわかっている。  とっとと帰ろうとする誠二の背後に回り、スタンガンを躊躇なく押し付けた。 「がぁああああッ!?」  誠二は不意を突かれたせいもあり、俺にはちょうど良い形でその場に倒れ込んでしまった。  とりあえず暴れられては困るので、真っ先に誠二の両腕と両足を通販で買ったSM用の手錠で拘束した。  そして……ずっと我慢していた。その夢が今、叶う。渾身の力を込めた拳で誠二の頬を殴った。 「ぐッ……が……いってぇな! 何しやがんだよ馬鹿野郎!」 「馬鹿野郎はどっちだよ、誠二」  普段とは違うドスの利いた声を絞り出したからか、誠二が明らかに戸惑った表情をした。 「俺が今日ここに誠二を連れてきた目的、教えてやろうか」 「な、何だよ……」 「誠二、お前に復讐する為だ」 「復讐……? な、なんで俺がお前にそんなことされなきゃいけないんだよ。意味わかんねぇ。俺、お前に何もしてねぇだろうが!」  ──ああ、やはり。  加害者は自らの罪など欠片も覚えていないのだ。  誠二のせいでこの二年半ずっと苛まれていたのに、誠二は毎日友達に囲まれて、くだらない自慢話ばかりして、楽しい学生生活を送っている。そんなことがまかり通っていいのか。  別にこれから誠二と仲直りして今まで通りやっていこうだなんて思ってはいない。それでは何も変わらない。  ずっと誠二と比べられて、誠二のせいで学校でも地域でもなんとなく肩身が狭くなったのに、もうこれ以上忠犬のように尻尾を振っているだなんて耐えられない。  本当は猛犬とも知らず飼っていた気になっていた犬に、思い切り手を噛まれればいいんだ。  今までの鬱憤が爆発し、今度はさっきよりも強く誠二の顔を殴った。 「うぐぅッ!? な、んだよ……だからっ、俺が何したって……」 「理由がわかるまで帰さないし、続けるからな」 「そ、そんなこと言ったって、心当たりなんかねぇんだよ! ……あっぐぅ!!」  次は蹴りを入れた。  心当たりがないだなんて、とてもじゃないが信じられない。一度も悪さなどしたことがないとでも思って生きてきたのだろうか。  許せない。許さない。 「闇雲にやりやがって、クソッ……。あ、謝って、ほしいのか……? でも、理由がわからなきゃ、何をどう謝ればいいのかわかんねぇだろうがッ……」 「だからその理由を、俺に暴行されてる間にせいぜい必死こいて思い出せ、よッ!」  俺は感情のままに殴る蹴るの暴行を続けた。だが、誠二は一向に謝罪の理由を思い出さないし、弱音の一つも吐きやしない。  喧嘩慣れしていない俺の方が疲れてきたので、いったん休憩とする。そもそも誠二には、純然たる暴力だけでは済まないのかもしれない。 「誠二、喉乾いた?」 「ゲホッ、ゴホ……はぁ?」  今度はなんだと顔を上げる誠二の顔の前に、ペニスをさらけ出す。そして間髪入れず放尿し始めた。 「ひぃっ!? おまっ、何して……やめ……汚ねぇもんかけんなよっ!」  片手で髪を掴み、もう片手では軌道を確保して誠二の顔面に当たるようにする。  もちろん尿を浴びせかけられている誠二は逃れようともがくが、目や鼻、口に入らないよう俯き加減になるしかない。 「あーあ。出し終わっちゃった。せっかく誠二が飲むかと思って出してあげたのに。もったいねぇ」 「ふ……ふざけんな……飲む、だって……!?」 「喉乾いたらまた言ってくれよ。まー、その時に出そうなら、だけど?」  言いながら、俺は自身の分しか用意していないペットボトルの水を飲んだ。わざとらしく、グビグビと音を鳴らして、誠二の顔を見ながら。  誠二は一瞬、悔しそうにこちらを見たが、すぐに視線を落とした。相当な屈辱だろう、固く唇を噛んでいる。  そんな惨めな誠二を見ていたら、ここ何年か味わったことのなかった、スッと晴れやかな気分になった。 「ざまぁみろ、バーカ!」  小学生でも考え付きそうな暴言を吐き捨てて、一足早くに眠りに入った。

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