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第3話 ※電流

 朝になって、先に起きたのは俺の方だった。  自分がしたこととはいえ、誠二をトイレ代わりにしたせいで部屋が少しアンモニア臭かった。だが幸い換気扇は回り、水道もとっくに止まっているものだと思っていたのに、温かいシャワーを浴びることができた。  こんなに至れり尽くせりじゃあ、どこまでが廃墟と言うのかわからないな……。  そう首を傾げつつもリュックに入れていた制服に着替えて、学校指定の鞄を取り出し、買っておいた朝食を摂る。  壁掛け時計はないから、時間感覚は腕時計に頼るしかなかったが。この村でウェアラブルコンピュータを持っているのは自分くらいだ。たぶんそんなところも都会的なのか、誠二の癪に触ったんだろう。  でも、そういえば昨夜より少々デザインが違うような……。学校ではさすがに使えないので、休日出掛ける時くらいしか見ないからと、その時はあまり気にしていなかった。  そんな風に、早く飯を食えとか学校に遅れるとか文句の言われない悠長な朝を満喫していると、ようやく誠二も起きてきた。 「おはよ、誠二」  挨拶をしただけなのにギロリと睨まれた。  まあ、それもそのはずだ。それだけのことをした。そもそもは全部誠二の自業自得なのだけれど。 「俺、そろそろ学校行くから、帰るまで大人しく待ってろよ」 「お前……本当に俺をここに監禁するつもりなのかよ……」 「そりゃそうだ。その為にずっと計画してきたんだからな」 「……でも、俺が何日も帰らなかったら、さすがに周りが心配して俺達を探し始める。見つかるのも時間の問題だぞ」 「そんなの、別に俺だけ家と学校に帰ればいい話だ。誠二は普段の行いからして、例え通報されても警察だってそこまで暇じゃない。あんまり真剣に取り合ってくれるとは思えないな」 「警察が駄目でも、親父達は来るさ……きっと」 「来るといいな。でも、まさか小さい頃から口を酸っぱくして行くなって言ってた場所に居るとは思わないだろ。探すならまず、崖下か下流じゃないか?」  せせら笑ってみせると、誠二は押し黙った。 「そんなにすぐに死人扱いされていてほしいのか」といったような表情だ。 「それじゃあ行ってくるなー」  呑気にひらひらと手を振って、誠二だけを置いて日常に帰るつもりだった。  ドアノブに手をかける。そして、異変に気付く。 「あれ……」  押しても引いても、開かない。それどころか外から頑丈な鍵をかけられたように、びくともしない。 「嘘だろ……」  不安になって叫んでみるが、元はラブホテルだったのだから、防音壁はかなり厚いようだ。 「……フン。よくも『俺だけ家と学校に帰ればいい』だ。この俺にあんな恥かかせるから、お前も罰が当たったんだ」 「うるせぇっ!!」  誠二の嫌味が今ばかりは何倍にも増して聞こえる。  待て。違う。こんなのは予測していない。  いったん冷静になれ。何かの間違いだ。  もうホテルとしては機能していないのだから、オートロックではないはず。古いから建て付けが悪いとか、ただそれだけのことに決まってる。早く開けないと、また誠二に文句を言われるじゃないか。  俺は冷や汗を流しながら、滅茶苦茶にドアノブの押し引きを繰り返したり、扉をバンバンと強く叩いた。  しかし、扉が開くどころか、事態は悪化した。  頭上からスピーカーのようなもの越しに、マイクがオンになる雑音が流れた。 『拷問《デスゲーム》の時間です』  突然、声を加工した人物が喋り始めた。 『朝食は摂りましたか?』 「え……な、なんだ、この声」 「はぁ? こ、これもお前がやってるんじゃないのかよ?」 「いや……いくらなんでも俺はしてない……」 「じゃあなんでこんなアナウンス流れてるんだよ!?」 「俺にだってわかるかよっ!?」 『朝食は摂りましたか?』  二人の狼狽ぶりなど聞こえていないように、再び同じ質問が降ってきた。 「ち、朝食って……俺は……学校行くから食べたけど……」  待てよ……起きたばかりの誠二に目をやる。 「お、俺……まだ、食べてない……だって今さっき起きたばっかだし……」  不安そうな誠二の声は震えていた。 『遥希様、合格。誠二様、不合格です。拷問、開始』  頭上から冷徹な声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、 「あギャギャァアアアァァアアアアアッ!!」  誠二が聞いたこともないような叫び声を上げて悶絶した。  崩れ落ちた身体をくの字に曲げて、ガクガクと痙攣させている。まさか、電気を流されているのか……? それもスタンガンの比なんかじゃない。  幸いすぐに止まり、死ぬような電圧ではなかったようだが、それでも相当なダメージだったようだ。 「はぁっ、ハアァッ……こ、こんなことまで……遥希……お前ぇえええっ……!!」 「ち、違う! これは俺の仕業じゃない!」 「じゃあ誰のせいだって言うんだ!? お前一人の犯行に見せかけて、仲間がいるんだろ、この卑怯者!」 「本当に違う……だいたい、見ろよこれ! 俺は手錠で拘束してただけなのに、いつの間にか変わってっ……」  そう言われてから、誠二も己を拘束しているものの材質の違いに気付いたらしい。  昨夜の安っぽいグッズとは違い、俺と同じような腕時計型のウェアラブル端末が手首に装着されていた。既存のものでは見たことのないデザインだった。  ハッとして自身のものと見比べてみる。──全く同じだ。どうして。  そして、脈拍や体温などを測っているのか、数字が見える。何らかの精密機器だ。では、さっきの電流はここから流れ、かつ遠隔操作なのだろうか?  こんな高価そうなもの、用意していないし、第一小遣い程度では買えっこない。これは正真正銘、犯罪に使われるような代物ではないか。  とすれば誰かが……昨夜、二人が寝ている間にすり替えたに違いない。根拠はないが、事実想定外のことが起きているのだから、そう思うしかない。 「何なんだよ、ちくしょう!」  計算が狂い、俺は髪を掻きむしった。  食料品だって、帰って逐一調達すればいいと思っていたから、自分の分だけ、常温保存がきく缶詰や携行食などせいぜい二、三日分しかない。こんな得体の知れない事態になった以上、水道だっていつ止まるか……。  防災グッズ一式ですらもう少しちゃんとしているというのに、完全にやってしまった。 「……飯は……さすがに食わせてやる」 「でも……お前、それじゃあ俺への復讐ってのは……」 「今はとりあえず保留ってだけだ。またあんなことがあったらたまったもんじゃないし、俺だって……ああなるかもしれないだろ」  状況が状況だ。譲歩するところは致し方ない。  それにしても、不思議だった。 「あいつ……なんで俺達の名前、知ってたんだろう……?」

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