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第6話

「あ……遥希、これ……」  だが、シャワーから出た俺を待っていたのは、ぶっきらぼうながらも、犯された後だとは思えない日時茶飯事な声音だった。 「なんだよ」 「それがよ……食料品、見つけたんだよ。しかも作りたてホヤホヤみたいな給食。これって……二人ともクリアの報酬……だったりしないよな」 「なんだって? どこにあった?」 「どこって……そう言われると……俺が気が付いた時には置かれてた、っつーか……」  なんだそれは。怪しすぎる。第一、窓すらもないこの密室のどこからそんなものが支給されてくるんだって言うんだ? 思わず天井と床に視線をやってしてしまう。  でもそうだ……冷たくて味の決まっているものよりは、温かくて栄養バランスのとれた食事の方が食べたいに決まってる。  特に朝も昼も抜きでハードな運動をした誠二は、例え安全だと思えずとも、飛びつきたいくらいだろう。  考え込むが、もし本当にデスゲームだとして、俺達を殺したいなら何もせず餓死させればいいのに、わざわざ飯を与えるメリットはなんだ? 生かす為に他ならない。その先に待つものは、今はわからないけれど。 「……わかった。これが成果だって言うんなら、ありがたく食べよう」 「ああ……じゃあ……俺も、さっとシャワー浴びてくる」  こんな奇妙な環境下にいても、生命線を守られるものさえあれば多少なりとも安心するものか。  その場に胡座をかいて座ると、誠二を待つ間ぐったりこうべを垂れていた。  その後も、あの謎のアナウンスは続いた。タイミングは決まっておらず、そして一方的で、こちらの声は聞こえているのか、聞こえていてあえて無視しているのか……たぶん後者だ。  いつ何時あの声が聞こえるのか、二人とも怯えるように時を過ごしていた。  とんだ計算違いだ。こんな場所を選んだ自分が悪かったのだろうか。  だが、いくらなんでも明らかな第三者による仕掛けが施してあるとは想像の範疇を超えているだろう。  もしかしたら、自分の前にも誰かの監禁場所として使われたことがあったのではないか。未だ捕まっていない誘拐犯やら殺人犯の“秘密基地”だったのではないか……どんどん悪い方向に考えてしまう。 「…………くそが」  言いながら、冷たく埃のまみれた床を拳で殴る。こんな状況に置かれれば、自然と悪態だってついてしまうものだ。  ただ、少し離れた場所で同じく俯いてうずくまっている誠二はと言うと、凌辱で傷付いた身体を癒し、体力を温存させる為か、それとも俺以上に混乱して何も考えられなくなってしまっているのか、あまり言葉を発さない。  腕時計に視線を落とす。もう日付けを越えるところであった。 「……寝ないのか?」  時間を確認している俺に対し、初日よりは明らかに弱々しくなった声で誠二が話しかけてきた。 「俺達を欺いていろいろトラップを仕掛けるなら、俺達が眠ってる夜しかない。俺は今夜は夜通し見張ってようと思う。だから誠二は休め」 「それなら、交代にした方が効率は良いんじゃ……」 「……俺は誠二のこと、そこまで信じられない。俺が眠った隙に反撃されても困るんだよ」  そうボソリと呟くと、誠二は黙り込んでしまった。何か言いたげな顔はするのに、何も言わずにのそのそと身体を横たえ、寝に入った。  いつもなら、こちらがちょっとでも生意気な口を叩けばすぐに揚げ足をとってくるだろうに。  普段とは明らかに違う誠二に、俺もまた不機嫌を隠せなかった。  夜が明けた。さすがに徹夜明けでは瞼が重いし、頭もすっきりしない。  軽く声をかけると、眠りが浅かったのか誠二もすぐに起きてきた。 「遥希……それで、誰か来たか?」 「…………いや」  はっきり言って収穫は全くのゼロだった。確かに途中、少し眠い時間帯はあったが、それくらいは頬を叩いたりつねったりすれば我慢できた。  まず確認したのは一度疑った場所。  床を這うように耳を近付けて軽く握り拳で叩く。壁も同様に試したが、空洞があるようではないし、天井はさすがに登れるようなものがないので様子はわからなかった。  ただ、鼠や猫などの野生動物が寝ぐらにしているような痕跡もなさそうだ。  それに、物音すらしなかった。聞こえるのは己の心拍音と、誠二の規則正しい寝息だけだった。  ただ、その不可思議を考える余裕もなく、無情にもまたあのアナウンスが朝の挨拶を告げた。 『おはようございます。拷問の時間です』  今日は朝っぱらかららしい。この声の主、マイクの向こうはいったいどうなっているのだろうか。 『睡眠は六時間以上摂られましたか?』 「は……?」  なんだ、そんなことか。また性行為をしろだとか言われるのだと思っていたから、胸を撫で下ろしてしまう。  しかし、やはり睡眠不足で頭が回っていなかったようだ。その言葉の意味を理解するのに遅れが生じた。誠二の方が顔面蒼白になっていた。  腕時計には睡眠時間を記録する機能もついている。 「お、俺の方は、一時前くらいには寝付いたはずだから、六時間二十八分になってる……でも、遥希は」 「…………!」  そうだ。誠二と違って睡眠は摂っていない。実際、俺の腕時計の数字はゼロを表示していた。  だが昨夜は誰も来なかったのだから、ハッタリくらいかましても平気なのではないか。 「お、俺もギリ、六時間くらいは寝たと思う……たぶん」 「おい遥希!」 「だ、大丈夫だ。あいつらだって中身が人間な以上はずっと監視してるほど暇じゃない。きっと隙があるはずだ」  心配する誠二を小声で制した。 『誠二様、六時間以上きっちりお休みになられていますね。遥希様、睡眠なし。よって遥希様、不合格。なお、遥希様は計画的に睡眠を摂られなかった為、より重い拷問を受けていただきます』 「嘘だろう……」  そこまで看過されていた。本当に、本当に四六時中監視されているのか。いったい向こうの輩は何者なんだ。何が俺達をこうさせているんだ。  訳がわからず、しかし名指しで“より重い拷問”と聞き、身震いがした。  そういえば、ここに閉じ込められてからは誠二が拷問を受けていた為、やはり自分の番になると何をされるかわからない恐怖しかない。 「俺は……な、何をすれば……」 『遥希様には、指を一本切断していただきます』  あまりに軽い物言いに、一瞬何を言われたのかわからなかった。 「な……っ。たった一夜寝なかっただけで、なんでそんなことまで!」 『道具はこちらで準備致しました。それをお使いになってください。指はどれでも構いません。ただし、あまり下手をされると外に出る前に死んでしまいかねないのでご注意を──余った部分は我々で役立てますので、死にたいのでしたら早急に自殺していただいて構いません。では』  相変わらずこちらの質問には一切答えてくれない。だが拒否権どころか人権すら考えていないのだとは悟った。

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