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第7話 ※指詰め
道具は準備した? 外に出る前に死ぬ? 余った部分は役立てる? それって……まるで臓器売買の闇組織みたいじゃないか。
そんな凶悪犯罪組織が身近にいただなんてありえないとは思いつつも、俺が臓器売買なら、誠二に課せられていることは、裏AVの類い……? なら、いつでも監視されていることも納得できるし、録画されているかもしれない。こいつらに嘘はつけないと今さらながら痛感した。
「遥希……。あった……」
アナウンスを聞いていた誠二が暗い顔をして、またどこに隠されていたのやら、その道具を持ってきた。
止血の為の創傷被覆材に、感染症予防や鎮痛剤などの薬。まな板。氷水。ワイヤー。そして……ノミ。ご丁寧にやり方を書き記したメモまであった。
任侠映画なんかでしか見たことのなかったことが、現実にこの身に起きようとしている……だが、放棄することはできない。逆らえばそれこそ腕ごと切り落とせだとか命令されそうだ。
そんなことをするくらいなら、声の言う通りに死を選んでワイヤーで首でも絞めてもらえば誠二には悪いがこの非日常からお先にオサラバできそうなものだが、それだけは嫌だ。決して死が楽なもの、逃げであるとは考えていない。
とにかくこれ以上失敗しないことが脱出へのキーになってくるはずだ。
メモはよく読んだ。まず切断する部分──今後の為になるべく無くしてもどうとでもなりそうな左手の小指を根元からワイヤーで縛り上げ、氷水に浸し続けてできるだけ感覚を麻痺させる。
そしてまな板に手のひらを置き、関節部分にノミをあてがう。
「はっ……はっ……はっ……はぁっ……」
やると決めたは良いが、身体の震えが止まらない。こんな恐怖は味わったことがない。
そりゃあそうだ、俺は極道なんかじゃない。影の薄い一介の学生だ。
でも自分でやるしかない、やるしかないんだ。
「遥希……。ど、どうしてもできそうにないって言うんなら……俺が一思いに……」
性行為とは比べても仕方ないものの、さすがの誠二も遥希が直面する絶望が伝染したか、協力を申し出てくる。しかしそれはきっぱりと断った。
「いや、これは俺の失敗だ。俺自身でやり遂げないと、あの声にどんな難癖つけられるかわからない。……飛ばしたら誠二はすぐ止血に回ってくれ」
「わ、わかった……」
いくら一時的に麻痺させたとて、きっと完全に痛みがない訳じゃない。ならとっとと蹴りをつけなければ。
誠二じゃないけど、ピアスの穴開けや、いっそタトゥーくらいの方が良かったかもしれない。
関節にググッとノミを食い込ませる。そして──。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
空いた右手の拳をトンカチ代わりに思い切り上から叩いて、小指を切り落とした。
不幸中の幸いと呼ぶべきか、一度の挑戦で指はスッパリとなくなり、部屋の奥に飛んで行くのが見えた。
「あぎゃああああああああああああああ!!」
「遥希……!! す、すぐに手当てするから。大丈夫、痛いけど死なねぇって、大丈夫だから、な」
血飛沫と共に滑稽な悲鳴を上げる俺をよそに、誠二はすぐに止血を始めた。
下手に喧嘩慣れしているせいもあるのだろうか、かなり手際は良く、まるで看護師のような話し方にまでなって、なんだか誠二が初めて頼もしく思えた。
けれども、情けないことに痛みには勝てず、やがてサッと血の気が引いていくような感覚が襲うと共に、そのまま失神してしまった。
温かい食事は“二人ともクリア”時限定らしい。
その日は、冷たい缶詰をゆっくりと、これ以上ないほどに深く味わいながら食べた。
いつも誠二の話題ばかり振ってくる両親を鬱陶しく思いながらも、家族で食べていた料理の美味さが身に沁みた。
復讐なんて……くだらないこと、考えなければ、こんなことには……。
誠二に固執しなければ……。俺がこんな性格じゃなかったら……。
過去に……親友だったあの頃に、戻れたら……。
己の愚かさに頭を抱えるしかなかった。
誠二がわざわざ拾ってくれたのか、飛ばした小指はガーゼの中に大事そうにくるんであった。病院には行けないから、そんなことをしても無駄だし、ケジメをつけたみたいな誇らしい気持ちにもなりっこないのに。
鎮痛剤を飲んでも、やはり灼けるような痛みで途切れ途切れにしか眠れなかった。
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