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第10話 ※グロ
今日も朝が来た。
この部屋で寝起きをするのも、慣れてしまった。人の環境適応能力とは、時に恐ろしいものだ。
メシ……シャワー……いや、またあの「声」に導かれて誠二と淫らな行為をしなければいけないのだろうか。まだぼうっとする頭で考える。
誠二も起きてきて、あくびをしている。フィストなんてしたから、いつもより疲れたようで、あんまり眠れなかったみたいだ。
『おはようございます。拷問の時間です』
ああ出たよ。もうそんな感想しか思い浮かばない。
『今回は、遥希様か誠二様のどちらか片方の目玉を差し出していただきます』
朝食は目玉焼きか……いや違う……目玉? 今、目玉って、言ったか?
「目玉……?」
『そうです。右でも左でも、なるべく視力の良い方を抉ってください』
指を切断しただけでも死ぬかと思った苦痛なのに、あれ以上の拷問を平気で要求する奴らが信じられない。
過激なゲームをしたりアニメを観るから子供が性格捻じ曲がるとか親は言うけど、まあ、俺もそういう趣味の人間だけど、でもいくらなんでもこんな残虐なことを実行しようなんて思わない。
誠二のことだって、ちょっと怖がらせて、謝ってくれればそれで終わりだと思ってた。
子供達をどうにかできる権力と実行力を持つのは、どう考えても親かそれ以上の世代じゃないか。
しかし、視力を失うなら、夢も何もない自分よりも──誠二の顔を見やる。
看護師になりたいって言っていた誠二。医療に従事する者が隻眼では、いや普段の生活だってきっと想像を絶する苦労をする。
俺の言動で誠二の未来が決まる。
だが、逡巡している俺の肩を揺さぶって、誠二が言った。
「……俺がやる。でも大丈夫……視力がなくなっても、もう片方はまだあるんだ。それに俺は、両眼とも良い方だし」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ! そんな情けいらない! お前は、俺なんかより、もっともっと大勢の人間の為に……」
叫んでハッとした。誠二は、ここから出て行くべきだと言っているようなものじゃないか。
俺が監禁したくせに、誠二だけは救いたいって思ってるようじゃないか。
……もしかして、俺は本当に思ってるのか?
いじめられて、ムカついたからこうしたんだろ? じゃあ、何でもかんでも、誠二に押し付けて傷付ければ良いだろ? 我が儘にもほどがある。
『どう致しますか?』
声が急かしてくる。うるさい黙れ、そんなことすぐに決められる訳がない。決めたくもない。
ただ、現実は非情だった。
『ふむ、タイムリミットですね。では遥希様に致しましょう』
「っ、な……!」
いざ指定されると、驚愕と恐怖の入り混じった声が漏れる。
「おい! どうして遥希なんだよ!? 俺がやるって言ってんだろ!?」
『誠二様は両眼とも健康ですが、0.7。それに比べて、遥希様は左眼は乱視が進んでいますが、右眼は1.0。少しの差でも使い勝手があるのは遥希様です』
いつの間にやら視力検査すらされていたのか? それとも、全て最初から?
数値は当たっている。それは誠二も同じらしく、「う……」と唸るしかなかった。
それに使い勝手ってなんだよ。やっぱり臓器売買にでも使うのか。
眼球の場合は、角膜移植とか? 仮に俺のものが誰かに使われるとして、それは偶然にも病に侵された哀れな患者か? 金にものを言わせて、残り少ない寿命を生きようとしているお偉いさんか? それとも、両方か?
真実はわからないけど、なんでそんな輩に若い肉体の一部をくれてやらなきゃいけないんだ。
けれど、このまま黙っていても、殺されるだけ。そうしたら、眼だけでなく身体の全てを再利用されてしまうだろう。誠二だって、きっと同じようにされる。
出てきたのは、ガーゼと、包帯と、消毒液。
……そりゃあ、普通に生きてたら眼を失うなんて、事故や病の手術でもない以上は、ありえない。しかもかなり自発的にやらなくてはいけないようになっている。
だから、肝心の抉る器具は「その辺にある金属製のテーブルスプーン」と「神経を切る為のハサミ」……より痛々しい器具に、眩暈がしそうだ。
「こ……こんなのは、いくらなんでも全部自分でできる自信がない! 誠二の手も借りて、いいよな?」
弱々しく、声に縋る。
『はい』
言ってみるもんだろうか。ひとまずこちらの要求は了承された。
「…………誠二」
「……っ。お前、本当に、やるんだな……」
頼む、なんて言えなくて。だが俺の覚悟は伝わったようだ。
「っ、ひッ……」
震える手で右眼とスプーンを消毒し、スプーンの凹みで覆う。視力検査ではない。潰すのではない。だから圧を与えるだけではいけない。
「俺ならできる……死ぬ訳じゃない……今回も耐えるんだ……」
呪文のように言って聞かせて覚悟を決めると、カッと目を剥いた。
思い切り白目にスプーンを突き刺して、勢いのまま重機が土を掘り起こすみたいに抉り取る。片目で自身の目玉が見えた。けどこれじゃ垂れ下がったままだ。即座にハサミを使い神経を切断した。
叫びたいのに声が出ない。
誠二が俺の右眼をトレイで受け止めた。ひとまずこれで条件はクリアだ。処置をしなければ……気が抜けたせいか、あまりの痛みに全身が総毛だった。
誠二は慌ててガーゼを当て出血を抑え、消毒したり、抗生物質を塗り込んだものを詰めたりしてくれた。モタモタしていてもつらいことを、わかっているんだろう。
「ヒッ……ヒィッ……痛い……いてぇ、よぉ……」
俺は子供みたいに泣きじゃくった。
「っぐ……う……うあぁっ……ひっく……」
文字通りの血涙が溢れて、痛くて苦しくて──でも。
「大丈夫……俺がいるよ」
誠二がいるから、孤独じゃなかった。誠二の温もりに心底安心した。
誠二は俺より泣きそうな顔をして、顔を伏せた。
「俺が遥希の眼になるから」
なあ、それってこれからもずっと一緒にいてくれるってこと?
そっか。
なんだか、今はそれも悪くないかも。
「な……それ、痛い?」
誠二が包帯を遠慮がちに指差した。
「言われると痛くなりそうだからやめろ。って……まあ、神経もブッ千切ったせいか、見た目よりは痛覚ない」
「そういうもんなのか……」
教科書に載ってる独眼の偉人達はクソヤベェな。弓矢が刺さったりしてるんだぞ? 戦の最中では脳内麻薬のせいか、その実はあまり痛くないのかもしれないけど。
「生活に支障出ても、誠二が眼になってくれるんだろ?」
「それはっ……! あー……俺、そんな恥ずかしい台詞吐いたか……あぁぁ……クッソ」
「今さらなに照れてんだよ」
「だってよ……」
誠二が口をへの字にした。その様子に、笑ってる場合ではないんだけど、ちょっと笑った。
仲が良くて、毎日遊んでいた頃も、こんな感じだったっけな。くだらないことでふざけあって、田舎だからできる楽しみは自分達で見つけていた。好奇心旺盛な子供には何だって楽しくてたまらなかった。
時間ってやつはなんて残酷で、そしていつだって失ってから気付く自分の馬鹿さ加減ったらない。
「……ここ、二人で出ような」
「え?」
ふとこぼれ落ちた意外な言葉に、誠二が二度見した。
「もっと生きたい。誠二の夢には敵わないけど、こんな俺にだってもっとやりたいこと、やれることがあるはずだ。呑気にくたばるのを待つ暇なんてない」
「ったりめーだろ。俺ら華の男子学生だぞ」
「うん」
今までは自分で決めているようでいて、その実は親に守られて、何一つ選択してこなかった人生だった気がする。
大丈夫。生きてさえいれば何とかなる。
できれば警察に駆け込みたいが、もしここを摘発できなくても、俺達をこんな目に遭わせた奴らを捕らえられなくても、それでも。
今度こそ自らに忠実に、固く決心した。
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