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第51話
その後も撮影は順調に進み、予定より1日早く終了していた。
『子豚ちゃん、もし撮影が全て終わって1日時間が空いたら、その時は……』
3日前、寝る前にお仕事を無事終わらせた碧唯に威が言った言葉。
『君を抱いてもいいですか?』
眼鏡のない笑顔と優しい声で言われて、碧唯は真っ赤になりながら頷いた。
(あ……明日、明日きっと……)
機材の片付けを手伝いながら、碧唯は威の言葉を何度も思い出してしまっていた。
翌朝。
威と一緒に起きて朝食を作っている間も、碧唯はその事ばかり意識してしまっていた。
「子豚ちゃん、顔が赤いですよ?そんなにあからさまにされるとこちらも照れくさいのですが」
「あっ、あぁっ、ごめんなさい……」
目が合うだけで、笑顔を見ているだけで胸が高鳴ってしまう。
「可愛い……」
「ひゃ……っ……!!」
急に背後から抱きしめられ、耳と頬にキスをされると、碧唯は声を上げた。
「カズキやトウヤに知られると厄介ですから、もう少しだけ我慢していて下さいね、子豚ちゃん」
「は、はい……」
(我慢……撮影の時とおんなじ……)
碧唯は自分にそう言い聞かせた。
4人で朝食を食べた後、碧唯は一機に選んでもらった青藍色のワンピースを着てメイクをしてもらうと、威に髪をお団子にしてもらって一緒に水族館に出かける事になった。
「これでもし誰かに見られても大丈夫でしょ。デブのオンナにしか見えないし」
「あ……ありがとうございます……」
言い方は引っかかったが、碧唯は一機にお礼を伝える。
「じゃあ、行ってきます。2人も楽しんで下さいね」
「おう!お互いイイ1日にしような!!」
玄関先で二手に分かれ、それぞれのデートを楽しむ事にした4人。
「ここの水族館、魚だけでなく昆虫や爬虫類も触れる事が出来る場所があるんですよ」
「そうなんですか。色んな事を体験出来るんですね」
恋人繋ぎをして歩く威と碧唯。
首輪は勿論、碧唯は指輪も身につけていた。
「水族館は初めてですか?」
「う……ん、小さい頃に行った事があると思うんですが、あまりよく覚えていません」
水族館のイルカショーを母に抱かれて見ている写真を見た記憶があるが、それさえあやふやな記憶。
「……お母さんは、どうしてボクを産んだんでしょうか……」
母の事を思い出した碧唯は、頭に浮かんだ言葉を口に出してしまう。
「それは本人しか分かりませんが、恐らく最初は君をちゃんと育てるつもりだったから産んだのではないでしょうか。けれど現実はそんなに甘くなくて、彼女は母親である事より女優である事を選んだ……という事だと思います」
「…………」
大きな水槽の前で親子で泳ぐサメを見ながら話す威は、背後から碧唯を抱きしめてくる。
「僕の母は、はじめから僕の存在を憎んでいたそうです。僕を抱くことも見ることもなかったと、使用人から聞いた事があります。僕は実母からも継母からも必要とされていなかった。でも、今こうして君と出逢えて思ったんです。僕は生まれてきて良かったのだと」
「ご主人様……」
肩に載ったその腕を、碧唯は掴んでいた。
「あなたがいるからボクも生きていられるんです。この水槽の魚たちと同じ、限られた世界しか知らないけれど、それでもボクはあなたと一緒にいられるこの世界が好きです」
「……嬉しい事を言ってくれますね、子豚ちゃん。ご褒美、奮発してあげますね」
「あ……ありがとう……ございます……」
耳元で甘く優しく囁く威。
(我慢……しなきゃ……)
威の声で気持ちが昂りそうになるのを、碧唯は必死で抑えていた。
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