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第4話 つまんない

  小学校ももう卒業という頃だった。小学校から中学校へのメンバーが大方がおなじなので、あまり大きな変わりがない。みんなあまり変わらないと口々にいいながらも、変化に楽しみと不安を持っていたころだ。  休み時間に外でドッジボールをするようなこともだんだんなくなってきて、早熟な女子は雑誌を見ておしゃれを初めて、男子はそれをからかってあしらわれている。  僕は学校に仲のいい友達はたいしていなくて、周りのみんなとあまり話を共感にできずにいる。  西日が射していた。校舎には生徒がまばらで、僕は先生に呼び出されていて、教室に戻っていた。急いで帰る用事もないので、窓の外を眺めながらゆっくりと廊下を歩く。教室の前に差し掛かった時に、まだ教室にいた男子たちが話しているのが聞こえた。 「中学いったら何部はいる」 「サッカーかバスケかな」  聞いたことがある声だ。僕の耳はいつだって彼の話す声がしたら確実にひろう。姿があれば確実に目で追う。それが話すことのない学校でも。  智が書道教室に来るようになって二年ほどたってずいぶん仲良くなった。智が僕の部屋に来ることは当たり前になっていたし、智が僕の部屋にいるときはずいぶんくつろいでる。僕の部屋で智が横にいる時間が幸せだった。まだつきあいたいとか具体的な気持ちはなかったけど、彼といる時間は他の誰といる時間とも違って特別に大切だった。  でも学校で話すことはなかった。元気のよい彼はいつだって同じような明るい男の子に囲まれていて、そこの中に入りたくなかったし、自分のマイノリティに気づいてた僕は彼に話しかけられてめだつのも困る。だから、少しさみしい気はするけど、その現状には特に不満はなかった。 「サッカーもバスケも、けっこうハードじゃん。智、習い事めっちゃやってるけど全部やめんの?」  ドキッとした。僕は書道教室をやめないけど、中学に上がるからやめるという子は結構いる。考えたくなかったけど、智はやめると思っていた。見ないふりをしていたのに、急に突きつけられそうになった現実に胸がぎゅっと痛くなる。僕は壁に身を寄せて、聞きたくないのに、めいいっぱい聞き耳をたてる。 「うーん、塾と書道以外はやめる」  えっ、と声が出そうになって慌てて口をふさいだ。書道教室はやめない。すごく意外だけど、嬉しい。じゃあ、まだ、智はうちに来てくれるだろうか。あの時間はなくならないのだろうか。 「書道とか、ほんと柄じゃないよな。そんなにたのしい?」 「先生が美人とか、あっ、かわいいこいる?」 「バカじゃん」  智は友だち鼻で笑っている。智がまだ通ってくれるのは嬉しい。でもまだ通い続ける理由はどこにあるんだろう。教室で一生懸命書いた智はずいぶん字がうまくなった。字が上手くなりたいだけならもう十分だ。 「というか智、字うまいじゃん、まだ通う必要ある」  智の友達が僕の思った疑問をそのままに言う。僕はより耳をすませた。もしかしたら智も僕と過ごす時間を大切に思っていてくれてるのだろうか。そんな淡い思いが小さな胸から体を膨らませる。 「ああいうのは、日々鍛錬なんだよ」 「書道教室いったら字うまくなる? 俺も通おうかな」 「来なくていいよ。おとなしいやつしかいないからつまんない。親が遅い日だから時間つぶしに行ってるだけ」  智はほんとうにつまらなそうにそう言った。 「つまんないのに、行くの? わかんね」 「うるせーよ」  椅子が動く声が聞こえて、急いで僕はその場を立ち去った。つまらない。わかっていた。いつも日向を歩いているような智が僕といて楽しいはずがない。智はただ親がいない自分の家が寂しくて、それをまぎらわすために仕方なくきてるだけなんだ。思い上がりで、恥ずかしい。智が追いかけてくるわけでもないのに僕は息が切れるまで走った。

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