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第7話 次の予定

 次の日すぐに、いつ行っていい? とメッセージがとんできた。ここでしばらくは無理とでも打てばいいのに、働いている時間以外は基本は家で暇を持て余してる僕は、自分の目の前の欲望に負けてるだけなのに、開いてる時間を打ち、しょうがないな、なんてひとり呟く。しょうがないのはもう本当に自分なんだけど。  指定したのは少し遅い時間なのでご飯は食べて来てるだろう。お酒は飲むのだろうかと思いながら缶チューハイとお菓子は用意していた。  無駄に部屋の中をうろうろしているとチャイムが鳴った。 「どうぞ」 「このまえはごめんな」  はいと出されて袋にはお酒とお菓子が入っていて、同じふうに思ってくれたのが嬉しい。 「改めてみてすごいよな」 智は俺の部屋をみて感心したようにうなづいた。  部屋の半分は作業場とかしている。今日のために片付けているけど、それでも人が住む部屋としてはなかなか奇異な感じだと思う。 「楽しそうだなと思って一つ買うと、どんどんはまちゃって」 「あっ、あの犬じゃん。いっぱいいる」  机の上にはポーチに着けたもの以外にもいろんな姿のPONが並べている。 「この子あの店で売ってるPONのプロトタイプなんだよ」  店で売っているポーチのPONのマスコットを提案するにあたって、試作品をいくつかつくってもっていった。 「店で働くようになって、おそるおそる持っていったら採用されてめちゃくちゃうれしかったんだよね」 「すげぇな」 「僕、この子に一目ぼれして、あの店のバイト受けたんだ」  昔から男にしてはかわいいものが好きで、でもそれを言い出せずにいた。好きなものを話すことで僕のマイノリティがばれるんじゃないかと思うとなにも言い出せなかったのだ。  でも都会に出たらかわいいものが好きって男は一定数いて、いまはジェンダーがあやふやになっている時代で、自分をもっとだしていいのかもしれないと思った時に出会ったのがユニセックスの服を売っているcarmineでPONだった。 「今の陽太、働いてるとことか見てたけど、すごいいい感じだよな。服も似合ってるし」 「ありがとう」  今の格好は自分が昔したかった格好だ。実家にこのまま帰ると妹には好評だけど父母は首をかしげる。女の子に間違われるし、多くの人は男にしてはかわいすぎると思われるだろう。友人やもちろん店長にはすごくいいマネキンとは言われてるけど、智に言われるのは他のどんなひとにいわれるのよりも嬉しい。 「俺もいいとこ就職できたらいいんだけどな」 「智君なら見つかるよ」 とりあえず飲もうと智はお酒とお菓子をならべる。さっさとルアーを作って帰ってしまうんだと思っていたのに、普通の飲み会みたいに無駄話を始めた。 「陽太はお酒強いの?」 「まぁまぁ」  僕はどちらかというと強いけど、智は弱いのかすぐに赤くなっている。 「智君は弱い?」 「まぁまぁ」  智は僕の真似をして笑う。 「ルアー作らないの」 「作るけど、まぁ、今はいいじゃん」 「もしかしてからみ酒?」 「そうかも」 「そういうのは彼女にしなよ」  楽しそうに笑う智に胸が高鳴って、それを隠そうとついぶっきらぼうな口調になってしまった。 「あいつ最近おれに冷たいもん、サークル忙しいって、全然かまってくれないの」  智はそんな俺を気にせず缶を傾ける。 「だから俺のとこくんだ。友達は?」 「三年になってみんな時間合わなくなってさ。授業で一緒だとそのままどっか行ったりできるけど、授業もそんなかぶらないし。みんなサークルにゼミに彼女にバイトで、二人で遊ぼうよっていう感じの友達もいなくて」 「さみしくて? ここに来るの?」 「そうー。さみしい」  智はがばっと俺に抱き着いてきた。急激に自分の熱が上がる。冷静に落ち着いて。過剰に反応したら絶対におかしいから、そっと腕をつっぱって押し返した。 「僕のとこ来ても話し合わないでしょ」 「陽太のそばは安心するよ」 「調子いいんだから」  酔っている人の戯言だからそう自分に言い聞かせる。僕は立ち上がって二杯分の水を入れた。それを自分で飲んで、智にも渡す。 「俺、酔ってないよ」 「嘘、さっさとルアー作るよ」  智の肩を叩いた。自分から触るなんてと思いながら、さっきの熱がひかなくて、吸い付かれるようにさわってしまった。僕も酔っているのかもしれない。  二人でパソコンの前の移動した。パソコンの液晶にふたりで向かう。距離の近さは画面が小さいので仕方ないけど、ずっと左肩がむずむずしている。  どういうルアーがいいという具体例もなかったので、いろんなホームページを流し見た。画面をスクロールしていくとさまざまな画像が流れていく。 「釣りってそんな行くの」 「いや最近にはまってさ」 智は竿を投げるふりをした。 「釣れる?」 「まちまちだな」 「楽しい? なんか意外」 「うーん、釣りってテンション上げてなくてもみんなと無理なくいれるし、釣れたときはわいわいできるし、ちょうどいいというか。今度、一緒に行こうよ」  智はすぐに次の約束をする。そういえば、昔、帰るときも別れる前にいつもまた来週と約束をしていた。その来週を僕はいつも胸のなかで反芻していた。  最初はもう一般の人が無料で配布してくれているデータを作ることになった。  二人でだらだらと話しながらあれがいいこれがいいと話す。そんなささやかなだらだら感も昔を思い出す。昔よく僕の部屋で漫画を読んだりテレビを流しながら思いついたように話してはだらだらとすごしていた。そんな時間が僕は楽しかった。智はあの時間をどう思っていたんだろう。学校ではいつも外を遊びまわっていたから、きっとつまらなかっただろうに。だとしたら今もつまらなくないのかな。 「じゃ、これで」  とんと、こぎみよくエンターを押すと待ち時間があって、3Ⅾプリンターが動き出した。  機械の腕が音を立てて動く。 「何時間ぐらいかかんの?」 「4時間ぐらいだね、今日はもう遅いからまた来なよ」  この前は泊まっていったけど、僕はろくに眠れなかった。精神の衛生上もう泊まってほしくない。 「おっけー、また来るわ」  家に智をまねく理由が次々とできて、智との距離がどんどん近くなる。  そろそろゲイだと言わないといけない。そうして、さみしいまぎらわしに僕を選ぶのはリスクが高いって思ったら、ここに来ることも次の予定を決めることもなくなるだろう。  早く言わないと自分の傷が深くなるだけだ。部屋の中には3Ⅾプリンターの動く音がなっていた。

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