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第8話 百面相

 ルアーは次の日には形が出来ていて、この後の作業の見本に自分も一緒に作ろうと、もう一個つくった。少しでも智との時間を楽しくしようとしてる。もうだめだって思っているのに何度でも期待して苦しくなる。でも、これは完成させないと。自分への言い訳ばかりが上手くなる。  もう店は閉まりかけの時間で、閉店作業をしていた。 「機嫌いいですね」  バイトの女の子が一足先に帰ろうとカバンを持ってそばに立っていた。僕と同じくこの店の服が好きだと言う女の子は店の服をまとっているから僕と双子みたいなコーデになっていた。 「そうかな」 「いいですよ。恋人でもできました?」  彼女にはゲイとは話してないけど、僕の見た目か、誰からか聞いたのか彼女は僕に彼女ではなく恋人と聞いた。 「できてないよ」  ふと思う。初見で智の彼女は僕のことを女にみえたと言っていた。智は僕のことをゲイだと疑ったりしなかったんだろうか。その考えに思い至って頭が冷える。 「ねぇ、僕ってゲイっぽい?」 「そういわれたらそうって感じですね」  バイトの子は素直に答えた。 「そう……」 「えっ、すみません」 「違う違う。こっちこそへんなこと聞いてごめん」  僕は僕の姿をもう一度みる。  早熟で早くに自分が他と違うときづいた僕は小中学校と隠れるように過ごしていた。家を出てはじけて、今の僕は自分で自分が大好きで、変わりたいとみじんも思ってない。いまでは誰にばれてもかまわないと思ってるし、智にも言わないとと思ってるけど、実際にばれてひかれるのではと思うとやっぱり心苦しい。 「百面相ですね。恋人じゃなくて、好きな人?」 「そうなんだ。わかる?」  好きだけどつきあえるわけないって気持ち、友達として一緒にいられるだけでも嬉しいって気持ちと、友達にすらなれていないだろうという絶望。もう会わない方がいい、でもあいたくてたまらない。ゲイってばれてひかれたくない、もう苦しくてばらして縁をきってしまいたい。智の前で自分の気持ちは常に葛藤してる。 「わたしも好きな人いるんです。女の人で」 「えっ、そうなんだ」  全然おもってもいない方向からの告白でびっくりした。自分がゲイとばれたも同然だから、彼女のことを僕はなにも否定しないことはわかるだろうけど、人の告白にはびっくりする。 「その人とすごく仲良くなって、だましてしまってるんじゃないかって罪悪感をもってしまって」 わかりすぎる悩みだ。 「最近になって、その人に彼氏ができたんですよね」 「うそ」  大きい声がでた。閉めた店に声が響く。 「もう、あきらめようかなって、会うのもやめたいって。でも友達だからいきなり会わないっておかしいじゃないですか。でも、自分がこんなに悲しいのに、相手は知らない。なんか不公平ですよね」 彼女は顔を大きく上げた。その目は闘志に燃えている。「だから、告白しようと思って」 「ほんとに?」 思いもしない方向に話が転がった。 「はい。どこかで一回吹っ切らないとずるずるしちゃうから」 彼女は頑張ると僕に元気な決意表明をした。  どこかでふっきらないと、ずるずるする。僕の思いもふっきらないからずるずるしてるのだろうか。  高校受験になるからと中学2年の終わりに智は書道教室をやめた。  最後の日、もう次の約束は出来なくて、智はまた、と言いかけて口をつぐんだ。もうまたはない、ここでしか僕たちの交流はない。わかっていたはずなのに、僕はまたの約束をしたくて、口を開こうとして、やめた。自分からいうなんておこがましい。否定されるのも怖い。  お互い無言になって、智が「じゃあ」と踵を返した。  行ってしまう。もう、智と話すことはない。智がたださみしいだけで僕の家に来てくれてたのを知ってからは、ふとした瞬間つらかった。中学生になって、彼のことをそういう意味で好きだとより意識するようになって、智がじゃれて触れるだけで舞い上がって、舞い上がる自分に嫌悪した。僕のことを智はどうとも思っていない。それでも、智が僕に笑いかけてくれるのが嬉しくてたまらなかった。その日々が終わる。  智がみえなくなるまで僕は見送って、落ちそうになる涙をくちびるをかんで必死にこらえた。  その後、学校ではクラスも違って、話すこともなかった。一度だけばったりと廊下で会った時があって、智が挨拶をしてくれた。もし、挨拶を返したら、学校でも仲良くなれる? そんな甘い思いがよぎったけど、すぐに智の友達の誰? という声が鼓膜を大きく震わせて、僕は走って去ってしまった。  智の本当の友達の前にでしゃばるわけにはいかない、自分は影の薄い暗いやつで、しかも智が好きで。  ずるずるとそれでも卒業まで智のことを目で追って、だから、今も智への気持ちを引きずってしまうのかもしれない。  智はどうせ彼女と仲良くなったら、僕のもとへは来ない。 「告白か」  いっそ僕も告白してしまおうか、そしたら、泣いて、こんな思いも捨ててしまって、仕事だけに集中していけるのかもしれない。  携帯が震えた。メッセージをみると、智からで、次いつ行ける? と入っていた。

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