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第9話 見てる

 智が来たので迎えた。今日は早番だったので、いつもより早い時間だ。 「出来てるよ」  机の上に二個ならべたルアーは、小さくて表面がガサガサしてる様がまさしくデータという感じだった。 「おお、すげぇ」  智はそっとルアーをつまんで手のひらのうえにおいた。ルアーは智の大きな手の上で揺れている。 「データがつくってくれるから僕は何もしてないけどね。あとは表面処理と着色をすればいいから、とりあえず、やすって磨いてつるつるにしようっ……て、ルアーはつるつるのほうがいいのかな?」 「物によるけど、ツルツルにするのがどんな作業かしてみたい」  作業机に椅子をならべた。出した道具をこれは何と智がきくので、説明すると智の目は子供のようにきらめいた。それにむずむずしながら、工程を一緒に進めた。 「この余分な部分は手で固かったら、ニッパー使って、まってそれ危ない」 道具の持ち方や使い方を説明すると手と手が触れ合った。智の手は昔よりもさらに大きくがっしりとした気がする。めちゃくちゃ意識してしまうけど、当たるのは仕方がないから何事もなかったようにふるまった。  目の大きいやすりでやすってからだんだん目の小さいやすりにしていく。細かいところは電動で動くちいさいやすりが突いたリューターなんかで削った。穴が上手く開いてないようでそこはドリルで穴をあける。 「気をつけてね」 「オッケー」 軽く答える智に、電動系のものは見てるのが怖かったけど無事作り終わった。 「えっ、なんか陽太の方がきれい」 「智君、雑なんだよ」 「おかしいな、いつもちゃんと陽太のこと見てるはずなのに」 「見てたって、嘘だ」 見てるって言葉がなんだか恥ずかしくて茶化すと ふと智が笑った。 「いつも、昔から見てたよ。教室で先生が上手い人が書くところを見るのもいいって言ってたじゃん。だから陽太の手ばかり見てたよ。どうやったら陽太みたいに上手くなるのかなって、先生の手本より陽太の手元見てた。そしたらほんとにうまくなった」  なつかしそうに目を細めて笑う智は僕の手元を見た。確かに先生はそう言って、初めて智の前で書を書いたことは今でも覚えてる。でもまさかそこからずっと見られてるとは思わなかった。僕がいつも見ていた智は、僕が唯一、智を意識していなかった時間に僕を見ていたなんて。 自分の手があつい。 先生に言われて字が上手かった僕を見ていただけなのに、なんで僕はこんなにうれしくなっちゃうんだろう。 「陽太といると、いつも楽しい。絶対に今度、このルアー使って釣りしような」  僕はいつだって、この甘い笑顔とあまい約束を反故にできない。 「うん」  いつまでもこの関係を続けてもつらいだけなのに、僕は自分がゲイとも、智が好きだとも告白できない。

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